06話 精霊の力
この世界は、木・金・土・火・水の五つの要素で構成される。それぞれの
精霊は皆、兄弟姉妹であるという理念の下、持つ力に応じて、
精霊は理力を源として生まれ、長年生きる者もいれば、理力を取り込んで徐々に成長する者もいる。
理王は精霊の源である理力が正しくあるか常に配慮し、変化し続ける精霊の数や質によってそれを改めなければならない。
「……先生。すでによく分かりません」
雑巾掛けと格闘したあと、少しの休憩を挟んで今度は予定通り資料室で机について勉強だ。
元々、雑巾掛けは予定になかったらしい。実際に見た方がイメージしやすいだろうということで、身近なところで例を出してくれたようだ。
実施した意味はあったのだろうか。廊下がきれいになったのだ。意味はあった……と思いたい。
「ふむ。どこまで分かるのじゃ?」
先生が僕の
枕よりも分厚い本を見たとき固まってしまった。でも今すべてを読むわけではないと言われて少しほっとした。
しかし、指定された
「理王が要素別に5名いらっしゃるということは分かりました」
「ふむ、それくらいは元々知っておったのではないかの? わしに
「うーんと、最高位が
そもそも伯仲叔季の4つの位の内、最下位の
ただ存在している。それだけで充分だったのだ。
大河である母から地下を通って受けた水流。それが僕の本体である泉に湧いていたのだ。母からの流れが止まってしまえば、涸れるのは必須だった。
「まぁ、確かに母御くらいの高位精霊になれば理王と接触しようとすれば出来るが、
先生が妙に納得したような表情をした。高位の先生には馴染みのない話なのだろう。
「問題は後半じゃな。どれ、少し補足するかの。理王とはつまり
「
「そう。理力とは何か分かるか?」
「僕たち精霊が持っている力のことですよね?」
精霊は生まれつき理力を持っている。そのもって生まれた力の大きさで階級が決まるとも言われている。
「左様。ただし、その答えは半分正解で半分不正解じゃの」
「といいますと?」
「ふむ。理力とは概ね2種類に分かれておる。ひとつは己の本体が有するもの。もうひとつは誰でも自由に使えるものじゃ」
「自由に……?」
よく分からない……。どういうことだろう。とりあえず、復唱してみたが分からないものは分からない。
「そうじゃ。例えば、先ほどわしが水拭きをした折、すぐに乾いてしまったじゃろう?あの水はどの精霊にも属していないゆえ留まることをしないのじゃ。裏を返せば、そういった力はどの精霊にも使われる。といったところかの」
分かるかの? と聞かれ、何となく。と答えた。本当に何となくだ。
「ん? ピンと来ていないようじゃな」
「はい、すみません」
しゅんとしてしまう。多分情けない顔をしている。折角いい先生がいても、僕が理解できないのは申し訳ない。
「やる気のある生徒が理解できない原因は、
先生が僕の前に両手を出す。左手にグラスが、右手の上方には小さな水の塊が浮かんでいた。右手の人差し指を僅かに動かして水球をグラスに入れるとそれを僕に差し出した。
「飲んでみよ」
渡されたグラスを受け取って一口飲む。喉の乾きは感じていなかった。でも飲み出したら止まらなくなった。全速力で走った直後のように一気に飲んでしまった。
「っはぁ。美味しいです」
「良かったのぅ。良い飲みっぷりじゃ。さて、今飲んだ水じゃが、わしの本体を使ったわけではない。わしは
なるほど……少しわかった気がした。先生の本体は海の波だから、その水なら塩分が濃くてとても飲めなかったはずだ。飲めたということは先生の本体とは別の水だったのだ。
「少し分かったようじゃな。御上の仕事は、いずれの理力も滞らないように、清く正しく流すことにある。だから
「
思わず
「そこには書いておらんじゃろうな。本来なら本で学ぶものではなく、周りの者から教えてもらったり見て覚えたりするものじゃからな」
ちょっとだけがっかりした。
僕がもっと力を使えたら、
「落ち込むでない。そのためにわしが指南役としてついたのであろう」
顔をあげて先生を見ると、先生は厳しい声とは真逆の優しい表情をしていた。気を取り直して教えを乞うことにする。
「水は目に見えない部分が多い。もちろん凍らせたり、器に入れたりすれば見えるがの」
先生が近づいてきて、机を挟んで僕の前に立った。
「そなたがわしの力を母のようだと読み取ったようにそこにあるはずの水を読み取るのじゃ」
先生は右手で僕の左手をそっと掴むと自分の左手を下に向けて僕に重ねた。正確には重なるギリギリのところで浮いている。
「一番手っ取り早いのは、空気中の水分を使うことじゃ。『
僕の左手に水球が乗っている。体が
「水精が最初に覚える理術じゃ。最もみな最初は自分の力を使うがの。そなたは自分の力を使うことはほぼ不可能じゃ。残った水が少な過ぎて、使った時点で消えてしまうじゃろう」
先生は静かに手を離し始めた。水球が先生の手に付いていこうとしたように見えた。しかし、水球はバウンドして僕の手の上に残った。
「落としそうで怖いです。壊れそうで……」
思わず両手を添える。水球は僕の心に反して手の平の上で跳ねている。
「そなたはまず周りの力を読み取って扱えるようにならなければならない。先ほどの飲料用はそのまま集めて飲んでも美味くはないから、ちょっと手は加えるがの」
「あ!
「………………………………そうじゃな」
意外と水汲みって時間がかかるのだ。体力も使うので一苦労だ。
「練習すれば僕も使えるようになりますか?」
先生は何故か少し残念なものを見るような目で僕を見ていた。見ていたといっても元々開いているのか閉じているのか分からない。それが半目くらいになった感じだろうか。
「使えるとも。使えるようになってもらわねば困るのじゃ。世を当代で終わらせるわけにはいかんからの」
「すみません? 何て仰ったんですか?」
机に置いていた氷のグラスが、溶け始めてヒビが入った。後半の先生の声はその音で消されてしまうような小さな声だった。よく聞きとれなかった。
「何でもないわい。使えるようになると言っただけじゃ。さて、そなたがただ一滴しかなくとも、
「はいっ! 頑張ります!」
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