ノヴェルの、はじめての冒険(バーグさんは口を開けば毒を吐く)

けんざぶろう

騙されて冒険

「いやー、無理じゃないかなぁ……撤退していい?」


 目の前にいる巨大なドラゴンを見上げてノヴェルは、ボソリと呟いた。


「すごい!! この状況で撤退を選ぶなんて、誰にでもできる判断ではありませんよ!! 世間的に負け犬のレッテルを張られることを恐れないなんて、流石はノヴェル様ですね!!」


 後ろですごい煽ってくる彼女はリンドバーグさん、可愛い外見とは裏腹に口を開けば毒を吐く。 なんとも気が滅入る存在のサポーターAIである。


「だって無理でしょ、詠み人って、もっとなんか、その土地の伝承とか聞いて小説にするものと思ってたんだけど、なんで魔物と戦わなきゃいけないんだよ、こちとら一般人ですよ? 勝てるわけ無いだろ!!」


「人の心を物語にするっていうことは心の一部を盗むと同義です。 当然、人の持つ防衛本能で敵対されるのは当たり前じゃないですか? もしかしてそんなことも分からずに詠み人となられたのですか? まさかノヴェル様ともあろうお人が、知らないわけはありませんよね?」


 相変わらず煽ってくるリンドバーグを睨みつけつつ、ノヴェルは、ドラゴンに背を向け走り出した。 聞けばこの場所は人の心が具現化した場所なのだそうだ。 詳しいことは分からないが、あのトリみたいな生物からもらった能力を使用してみたらこうなった。


「バーグさん、この場所から出る方法をもし知っていたなら、教えてくれないか? というか、生き残る方法でもいいです!! お願いです!! 死んでしまいます!!」


「これでもサポートAIですよ。 ノヴェル様じゃあるまいし、脱出できる方法くらいは当然、知っています」


 必死に走っている僕と並走しているにもかかわらず、バーグさんは涼しげな表情を浮かべ、安定の煽りに入る。


「この世界を脱出する方法。 それは、この世界が守っている小説を手に入れることですよ」


 涼しい表情でそう言ったバーグさんの言葉で、あのトリの言っていたことを思い出す。


 詳しい内容は覚えていないが、なんか小説を必要としている人に届けることが使命みたいなことを言っていた。 おそらくこの世界で手に入れた小説を求める人に渡してやることが詠み人としての仕事なのだろう。 だが、肝心の小説を手に入れる方法が、こんな暴力的だとは聞いていなかったし、何なら物語をまとめるのは簡単な風なニュアンスだった。


「あのトリからは詐欺師に近い何かを感じるな」


「ノヴェル様? 何かおっしゃいましたか? そのような引きこもりが、久しぶりに人と会話するような小さい声では聞き取れないですよ」


 呟きにまで煽りを入れてくるバーグさん。


「何でもない、とにかく、小説とやらを手に入れれば、あんな化物と対峙しなくても、この場から脱出できるんだよな」


「もちろんできますよ。 この世界を構築している小説を他人が手にした瞬間に現実世界へと帰れるのです」


「じゃあ、戦わずに小説を手に入れるしかないか。 しかし守っている……となると、あのドラゴンの周辺に小説はあるってことだよなぁ」


「流石ノヴェル様です、非力なノヴェル様では、対応できないとお考えになり、小説を直接狙いになるとは、物語を紡ぐ詠み人として冷静な判断をお持ちのようですね」


 丁寧な言葉使いで、貶されているようにしか感じないが、彼女なりに褒めているのだろうと思い込む。 というか、そう思わないと彼女とはやっていけそうにないので、これからも彼女が吐く毒は、都合のいいように解釈する事にしよう。


「よし、それじゃあ、僕はダッシュでドラゴン周辺に小説が無いか探すから、バーグさんは、どこか隠れていてくれ」


「隠れるですか? ノヴェル様より明らかに体力があり、ノヴェル様より明らかにドラゴンに対応でき、ノヴェル様より明らかに頭がよくて可愛い私に隠れろと? そうおっしゃったのですか」


 ツッコむのも面倒くさいので、適当に流して会話を続ける。


「そうですよ。 AIとはいえ女性なんですからここは僕に任せてください」


「分かりました。 隠れています」


 えらく物分かりが良いのが逆に気持ち悪い。 背筋に悪寒を感じながら僕はその場を後にしてドラゴンに見つからないように走りながら周囲を散策したが。


「当然、見つかりますよね」


 物音をたてないで行動することの難しさを舐めていた。 ドラゴンが襲ってくるが困ったことに周囲は壁に囲まれて退路がない。


「人の心の中で死んだらどうなるんだろう? やっぱり現実世界の俺も死んでしまうのだろうか?」


 不安で胸がいっぱいになるが。 足掻いたところで、もう遅い。 数秒後に僕の体はドラゴンの爪によって引き裂かれると覚悟した時に突然ドラゴンが吹き飛んで壁にたたきつけられた。


「やはり、私がいないとダメですね」


 ドラゴンが吹き飛んだ衝撃で舞った砂埃が晴れるとバーグさんが立っていた。


「はぁッ!? ちょっと待ってくれバーグさん。 ドラゴン倒せるの?」


「ドラゴンに対応できると伝えたはずですが? ひょっとして私程度の存在に助けを借りなくても対応できたのでしょうか? 流石は詠み人ですね、余計な真似をしてすいません。 次が来ますのでその攻撃は自分で対応してください」


「すいません調子に乗りました。 このドラゴンを倒してくださいお願いします」


 いつもの煽りと思い適当に流して聞いていたことが、どうやら本当だったらしい。 僕は、その場で90度頭を下げてドラゴンを倒してくれとバーグさんにお願いする。 するとバーグさんはニコリと笑顔を浮かべると、ドラゴンを圧倒的な力の差でボコボコにした。


「さて、トカゲも倒したことですし、小説を探しましょうかノヴェル様」


「そ……そうですねバーグ様」


「? いつものようにバーグさんで結構ですよノヴェル様。 しかし、急にどうされたのですか? なんか感情に溝を感じるんですが?」


 いや、あんな超人的な戦いを目の当りにしたら普通に引く。 溝くらいはできる。


「ソンナコトナイデスヨー。 それよりも邪魔するものはいなくなったですから、ゆっくりと探しましょうバーグさん」


 ドラゴンという障害がなくなった心の世界では、簡単に小説を発見することができた。 詠み人として初めての仕事だったのだが、このような仕事が定期的に行わないといけないとは、ため息が出る。


「はぁ、退職とかできないかな」


 ボソリと呟いた言葉は、誰に聞かれるでもなく消えていき、僕は現実世界へと帰還した。

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ノヴェルの、はじめての冒険(バーグさんは口を開けば毒を吐く) けんざぶろう @kenzaburou

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