103 参上

 ヘリコプターの音が妙に近い。はっと見上げると、ちょうど穴の真上を一機が横切っていった。今度は報道ではなく陸軍のヘリだ。住民の避難は終わったのだろうか。


 気付けば、三人の軍員が穴の中に下り立っていた。


「冴島さん、見えますか?」


と、一人が目の前で手を振る。


「はい……」


 今爆発が起きたら、この人たちは私のせいで死ぬ。そう思うと、涙が止まらなかった。


 ふと、両手に何かが触れる。圧力を感じた。軍員が一希の両手を握っている。その時初めて、鉄骨の山に埋もれているのは両足の膝から下だけであることに気付いた。全身が何かにつぶされているかのように錯覚していた。


「わかりますか? 握り返してください」


 黙ってそれに従うと、左の肘の辺りに鋭い痛みが走り、一希は思わずうめいた。


「起き上がれますか?」


 力が入らない。


「いえ……」


「足はどうです? 動かせますか?」


「いえ……あ……左は、大丈夫みたいです」


 障害物で動きをはばまれているだけで、つま先は動かせた。


「右は……感覚がありません」


「もうしばらく我慢してください。必ず全員で退避します。いいですね?」


「……はい」


 軍員は他の二人とともに鉄骨を動かし始めた。しかし、そう軽々と運べるものではないし、一希の足の上には型枠かたわくの角を支えていた一辺二メートル前後の三角形の塊が横たわり、さらにそれを数本の鉄骨が押し潰している。作業は明らかに難航していた。


「冴島さん!」


「あっ、はい……」


 気が遠くなりかけていた。ひどく疲れている。


「しっかり起きててくださいよ。こいつが爆発しないように」


 一希の意識とザンピードの爆発には何の因果関係もないが、そう言われると起きていなければいけない気がしてくる。


 そっと首をひねり、肩越しに爆弾を見やる。一希が着いた当初よりもさらにかたむきが増したようだ。今まさに投下され、この穴に突っ込んできたようにも見える。どこにでもある偏見から生まれた憎しみのかたまり……。


(先生……)


 あと少しで人為爆破できたのに。揺れに耐えて梯子はしごを上り切れていたら。あと少し。ほんの少しだったのに。


(弟子失格ですね……)


「冴島!」


(ごめんなさい、先生……)


「冴島! 起きろ!」


 はっと目を開く。四角い空がだいぶ明るくなっている。


「冴島!」


(えっ?)


 声がした方を見やると、迷彩服の代わりにまばゆいオレンジ色。


「先生……?」


 幻影かと思った。しかしその幻影はしっかりと一希の肩をつかみ、ヘルメットの影の中、ひたいに汗を浮かべて一希の目を覗き込んでいた。荒い息に土埃つちぼこりが舞う。


「先生、どうしてここに……」


「冴島! しっかりしろ!」


 そのしかめっ面は二年前のままだが、ほおや首筋が少し骨ばったように見える。意識が朦朧もうろうとする中、「先生、せましたね」、と口に出しかけて、そんな呑気なことを言っている場合ではないと気付いた。


「先生、早く退避してください……」


「馬鹿野郎、そう簡単に置いていけるか! いくら投資したと思ってんだ、この恩知らずが!」


 ふと見ると、迷彩服の人数が増えており、一希の足の上の鉄骨は先ほどの半分ほどの量に減っていた。


「今度寝たら破門だぞ!」


 そう言い残し、新藤は鉄骨の撤去作業に加わる。しかし間もなく、周囲の金属がキシキシと音を立て始めた。


「揺れてます」


 軍員の一人が告げた時、激しい揺れが襲った。


「崩れるぞ!」


 先ほどの恐怖がよみがえった。みんなここに埋もれてしまう……。

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