102 ピンチ

 ヘルメットをかぶり、連れ立っていざ爆弾の元に向かう。


 住宅街の一角にある空き地。建築準備のために土を掘り返して爆弾を見付けた、というよくあるパターンだろう。陸軍と、場合によっては処理士が出動して穴の深さと形を整え、爆弾を安定させてあったところにこの地震が起きたのだ。


 穴の入口、五メートル四方を囲むようにおそらく地上三メートルの高さまで土嚢どのうが積んであったはずだが、今は部分的にしか残っていない。


 一希は、土嚢の壁が一番低くなっている部分から穴の中を覗き込んだ。深さも五メートル程度で、立方体に近い空間。ぐちゃぐちゃ、というのが第一印象だ。支柱は倒れ放題だし、爆弾は大きく傾いて弾頭が土に刺さっている。


 これだけの手荒な扱いに耐えたのなら当分もちこたえるかもしれないし、乱暴に扱われたがゆえにあとわずかの衝撃で爆発するかもしれない。「次の揺れ」がいつ来るかは誰にもわからない。しかし、ここで待っていても危険が増すばかりだ。時間との闘いになる。


 穴の底まで伸び、内側を支えている鉄骨は今のところ無事だ。一希は最低限のものだけを肩掛けの工具入れに移し、たすき掛けにした。地上に残した二百メートル巻の導火線の端を、工具入れの帯部分に結び付ける。


「入ります」


「補助はらんですか?」


「すぐ終わりますから、外にいてください」


 一希は鉄骨に固定してある梯子はしごを下り、底に到達した。倒れている支柱を邪魔な分だけ脇によけ、手元の工具入れから中身一式を取り出す。工具入れに結んでいた導火線をほどき、口締器こうていきを使って雷管に取り付け、さらに爆薬包に繋いだ。


(いい子だから、そのままおとなしくしててね……)


 一希は祈るような思いで、び付いたザンピードに爆薬包を結び付けた。これで爆弾側のセットは完了だ。導火線の接続を確認し、梯子を上る。あとは上から土をかけて穴を埋め、周辺住民の避難が終わったところで外から点火すればいい。


 ところが、梯子を半分ほど上った時、


(えっ? 揺れてる?)


と思ったのもつかの間、突然上下の感覚を失った。


「きゃっ!」


 ガタン、バキン、と音を立てて鉄骨が崩れる。肩とお尻に鋭い痛み。


 正方形の空が見え、穴の底に落ちたことはわかった。激しい目まいのような揺れ。上から男たちが叫び、鉄骨がさらに崩れる。地べたに座り込んだままの一希のヘルメットにも何か硬いものが当たった。


 直後、鉄骨が右足を直撃し、その上に大きな金属の塊が降ってきた。経験のない痛みが走る。しかし痛み以上に恐怖を感じた。


つぶされる……!)


 どれぐらいの間、身を縮めていただろう。男たちの緊迫した声が頭上を飛び交う。


「冴島さん! 聞こえますか?」


 聞こえてはいるが、声が出るまでに時間を要した。仰向けに倒れたまま身動きが取れない。


「はい……」


 揺れはどうやら収まったらしい。


「今下りますから、じっとしててください!」


「ダメ! 来ないで!」


 声を出す度に全身が痛んだ。力を振り絞って叫ぶ。


「爆発しなくても、次の余震で穴が崩れます!」


 言いながら、その光景が目に浮かぶ。鉄骨の支えを失った土壁は、すでにおおむね露出していた。


(私死ぬんだ、この穴の中で……)


 土に埋もれて窒息するぐらいなら、爆死の方が圧倒的に楽だろう。


「下りないでください!」


と、軍員たちに重ねて呼びかける。上半身を起こそうとすると腰にも痛みが走った。頭上から、


「動かないで! 今行きます!」


の声。


 処理士や補助士の間では退避が優先。動けぬ者は置いていくよう指導されている。しかし、陸軍はそんなことはお構いなしだった。迷彩服が一人、そしてもう一人と、ロープを伝って下りてくる。梯子はおそらく、鉄骨と一緒にがれ落ちてどこかに埋もれているのだろう。


「穴を埋めて点火してください。お願いですから……」


 痛みと絶望とで涙があふれた。この人たちまで巻き込んでしまう。一希は途方に暮れた。

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