ある『世界』の物語

さる☆たま

カタリィとバーグ

 出会いなんてものは、些細な切っかけに過ぎないかもしれない。

 けど、そのおかげで僕は大切な宝物を見つけることができたんだから。


「ねえホー、今日はどこ行くんだい?」

「今日はエルフの里に行くホー」

 ブクブクと丸い身体を揺らしながら翼を懸命にはばたかせるこの青いトリの名は、ホー。

 いつもホーホー鳴いているから僕が名付けた。

 僕の名は、カタリィ・ノヴェル。

 メッセンジャーという伝書鳩みたいな仕事をしているその合間で、『世界の物語』を探している。


 それは、この世界に散らばった『物語の欠片』を集めれば、『世界』の秘密がわかるという伝説の秘宝。


 それを探すために、僕の左目にはある力が秘められていた。

 それは、人の心の中に秘められた『物語』を見つける力。

 それこそが『物語の欠片』そのものでもあるという。


「しかし、そこに『欠片』の主がいるとも限らないホー」

「どういうことだい?」

「大体、エルフの里自体が何処にあるのかも解らないとされているホー」

「解らないのにどうやって行くのさ?」

「エルフには森と溶け込む能力が先天的に備わっているホー。つまり――」

「つまり?」

「エルフの集落を探すのは『森の中で森を探す』行為なんだホー」

「森で森を探す? なにそれ、謎かけ?」

「比喩とか謎かけじゃなくて物理だホー」

 物理かあ、さっぱりわからん。

 とはいえ、少し考えてから僕は眉をひそめつつ答える。

「木を隠すには森の中っていうけど、ああいう感じ?」

「それの集落版だから森なんだホー」

「それって、つまりなんじゃないの?」

「ホー!」と唐突にホーは叫んだ。

 周囲の視線が一斉にこちらに注がれる。

 ……なんかハズかしい。

「ホー、ちょっとみんなこっち見てる……」

「ホッ、これは失礼……」

「ねえ、どうかしたの?」

「えっと、カタリって時々鋭いこと言うホー」

「鋭いって何が?」

「いや、何でもない……」

「変なホー」と僕は両腕を頭の後ろで組みながら、ふと気になることを思い出す。

「そういえば『欠片』の主がいないかもとか言ってたけど、どうしてそう思うの?」

「それは、今までも誰かの『物語』が必ず『欠片』と一致していた試しがないからだホー。せっかくエルフの里を見つけても結局それじゃ無駄骨だホー」

「じゃあ、なんでそこに行こうと思ったの?」

「それだけレアな場所なら、あるいはと思ったホー」

「ふーん、じゃあ行ってみるしかないな」

「でも、もしかしたらハズレかもしれないホー」

「そんなモン、読めばわかるさ!」



「報告します」と、わたしはタブレットを胸に抱えて一礼する。

「先生の新作『エルフの里』がヒット。大人気のカタリィシリーズの中でも群を抜いています」

「そうなの?」

「はい!」

「それは良かった。これも君のお陰だよ、バーグたん」

「ありがとうございます。でも、その呼び方はやめて下さいね。キモいですから」

「はぁ、その毒舌で僕をもっと罵ってプリーズ!」

「プリーズじゃないですよ先生。読者は次の作品を今か今かと待ち望んでいるんですからね。さあ、キリキリ書く!」



「いつもながら君の手並みは見事なものだよ」

 そう言って、マスターは私の髪を優しく撫でる。

「はい、ありがとうございます。マスター」

「ふふっ、これからも『組織』のために励みたまえ。開発部の者もさぞ自慢に思う事だろう、君の成果に……」

 そう、わたしは人間ではない。

 人工的に造られた知能を持つ人造人間ホムンクルス――リンドバーグ。それがわたしだ。

 何のために造られたのか。

 すべては『秘密結社カクヨム』の世界を創造するため。

 そう、世界中の作家たちを育てあげて理想の社会を構築するため、そのサポーターとして造られた存在に過ぎない。

 それが、わたしの存在理由であり、喜びでもあった。

 この物語の主人公カタリィ・ノヴェルのように、もっと自由に羽ばたくことなどできないのかも知れない。

 けど、それでもわたしは、この世界が素晴らしい物語によって紡がれていく事を望んでいる。

 それは、だ。


 たった一つの真実ほんとうの願い――



「中々、面白いでしたわね」

 近くでソバージュがかかった金髪を揺らしながら、少女が楽し気におしゃべりをしている。

 アマタニアの午後の空は、雲一つ無く澄み渡っていた。

『カタリィとバーグ』と題された歌劇のパンフレットを手に、少年は癖のある白金の髪プラチナブロンドを弄りながら眼を細める。

 全てを見据える様な琥珀の瞳を宿して。

 そして、劇場から一人の恰幅の良い中年の男を見つけると、彼はゆっくりと歩みを進めた。

「原作者のサガ・ランドマーク先生ですね?」

「いかにも、誰かね?」

「私は……『サンドーラ』といえば解りますか?」

「さ、サンドーラだと? まさか『学会』の……!」

「いかにも」と少年は不敵に笑った。



「さ、サンドーラ師……」

 茶色い髪の少女は彼を見た途端、何かを悟ったかのように息を呑んだ。

「やあ、ヘルメア。どうした、浮かない顔だね?」

「どうしたって、あの男に会ったのでしょう?」

「誰のことかな?」

「しらばっくれても無意味ですよ。でしょう?」

 少年は肩をすくめてから、ため息を吐く。

 それを返事と受け取ると、少女は小さく呟いた。

「ちょっと、お小遣いが欲しかっただけだったんです……」

「それにしても、少しやり過ぎじゃないかな?」

「だって、研究費が足りなかったし……」

「理由はどうあれのはやり過ぎだよ」

「だって、えちゃったんだもん」

「まあ、自慢したいのはよく解るけどね。世の中にはというのが沢山ある。貴方は、一歩間違えたら『世界』を変質しかねない情報をあの男に与えたんだよ」

「解ってます。もう覚悟もできてます」

「そうかい……じゃあ罰として、そこの雑草を手入れすること」

「はい……って、それだけですか?」

「うん、それだけ」と、少年は邪気の無い笑みを浮かべた。



「随分とまた、手ぬるい処置をしたものね」

 丸眼鏡を軽く上げてから少女が嘆息する。

 腰の辺りまである金糸のような髪を掻き上げて、その眼鏡の奥にある碧眼から鋭利な視線を向ける。

 窓の下で草むしりする少女を見下ろして。

「自分のしでかしたことの意味を理解して反省していれば、それで十分だよ」

「結局、あの男も放置したんでしょ?」

「まあ、結果としてだからね」

 そう、本来の世界におけるカタリィ・ノヴェルの物語もリンドバーグの存在も、あの歌劇で語られているモノとは大分異なっていた。

 もちろん、カクヨムというなど存在しない。

「断片的な情報だけを与えられても空白を埋める手段がないとすれば、あとは想像に任せるしかないからね」

 全てを知り尽くした少年は、楽し気にそう答えるとそばにあった一冊の本を手に取った。


『カタリィとバーグ』と題された冒険小説を――

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ある『世界』の物語 さる☆たま @sarutama2003

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