彼方の図書館~アナタノトショカン

大月クマ

それは、星が降りそそぐような夜空

 ガタンゴトン、ガタンゴトン……。


 線路のつなぎめと車輪が擦れる音でしょうか。わたしは目を覚ましました。


 いつの間に乗ったのでしょうか……よく思い出せません。

 古めかしい電車の中で、モケット地のロングシートの片隅に座っています。


「あっ、起きたんだ……」


 ふと見ると、わたしの目の前にひとりの人物が座っています。

 赤毛のその人物は、わたしが起きるのを待っていたようです。

 乗客はその人しかいません。


「――ここは……どこですか?」

「電車の中」


 周りを見回せば、床や手すりなどが木で作られ、白熱電球の光に照らされた古めかしい電車の中。


「そうじゃなくて……」

「聞きたいことは分かるよ。何て説明したらいいか……。

 実際のところ、僕もよく分からないんだけど……。

 でも、君がよく知っているはずだよ」


 どうやら、この人物もよく分かっていないようですが、わたしが知っている?


 分かりません……。


 外を見れば暗闇。でも、よく目をこらしてみると……星が降りそそぐような夜空が見えます。

 星空のあまりにも美しさに、見とれてしまいますが、それ以外は情報はありません。

 普通だったら街の明かりぐらい見えてもいいはずです。でも、視界の下半分は暗闇。

 ただ、電車は暗闇を進んでいるだけ……。


「もしかして……わたし、死にましたか?」


 ひょっとしたら、ひょっとするかもしれないです。

 まあ、自分で死んだ記憶はないのですが、聞いてみました。

 そうすると、赤毛の人物はカラカラと笑いだします。


「僕が、死神に見える?」


 ピョンと、その人物……男の子は立ち上がり、


「僕は、カタリィ・ノヴェル。気軽にカタリって呼んでよ」


 そう言って、右手を差し出してきました。

 ホントに男の子なのだろうか?

 細い線の顔に、美しい青い瞳に見とれると女の子のようにも思えてきます。


(ひょっとして、これが死神との契約って事はないですよね……)


 わたしはつられて、握手をしたことに後悔しました。

 自分で死神ではない、とは言いましたが、そういうのすぐに信用するのはどうかと思います。


「わたしは……」


 自分の名前を言うかどうか、躊躇しました。


「いいよ。名乗らなくても……僕には分かっている」


 カタリはそう言うと、両手で写真を撮るかのように四角を作りました。

 そして、わたしを左目でのぞき込みます。


「僕の〝詠目ヨメ〟で、君の中を覗かせてもらうよ……」


 何が見えるのでしょうか?

 彼の青い瞳に、吸い込まれそうな感じになります。


「ふぅ~ん……。なるほど……」


 指の四角を近づけたり、遠ざけたりしていますが、そのうち黙り込んでしまいました。


「何か……」

「――わかんない!」


 そう言って、口を尖らせて座り込みました。


「おかしいなぁ……。いつもだったら、ドバーッて文字が出てくるんだけど……。

 君からは文字が出てこない。何でだろう?」


 何で? と言われても、わたしには分かりません。


「トリに聞いてみるか!」


 と、再びピョンと立ち上がると、電車の前方を指さしました。


 何があるのでしょうか?


 そちらの方に目を向けてみると……電車の前方、暗闇の中に、明かりが仄かに現れたのです。


 そして、電車のスピードが落ちていき、その明かりのところで止まりました。

 どうやら駅に到着したようです。


「さあ、降りよう!」


 カタリに手を引かれ、わたしは電車を降りました。



 仄かな明かりは、小さな駅のホームにある、小さな待合室のものでした。

 待合室には駅名標が掲げられています。


 電停・彼方の図書館前


 彼方かなたの図書館前?


 図書館とはいっても、周りを見回しても、真っ暗で何も……。

 あっ! 目の前に石の階段が見えてきました。

 そして、見上げると階段の先……丘が、うっすらと浮かび上がってきます。


「こっちだよ!」


 カタリの後を追って、階段を駆け上がると、建物がありました。


 これが図書館?


 それにしても一階しかありません。ドアも、窓も、ひとつしかない、こぢんまりとした小さな家。入り口には、小さなプレートが貼られていました。


『Category & Class容量無限大』と……。


「さあ、入ろう!」


 彼がドアを開けて、言われるがまま中に入りました。



 中は予想通り、小さな家でした。


 これのどこが図書館なのでしょうか、普通の家と言った感じです。

 中央に丸テーブルと丸イスが並べられています。端にはL字のカウンターに囲まれた、小さなキッチン。奥には別の部屋に繋がっているのか、ドアがありました。そちらが寝室と考えれば、独り暮らしをするには、ちょうどいいぐらいでしょうか。


 ピコン!


 わたしが入ると、電子音が響きました。

 そして……。


「お帰りなさい。カタリ……あっ! 連れてきちゃったんですか!」


 突然、声と共に女の子が現れました。わたしを見るなり、驚いた表情を見せています。

 驚いたのはわたしの方です。

 何もないところに、いきなり現れたのですから。


「この子はリンドバーグ。バーグでいいよ」

 と、カタリ。


 そうは言われても、何のことやら……。


「困ってらっしゃるじゃないですか。ちゃんと説明してあげないと……。

 わたしは『いつも笑顔!』をモットーにしております、お手伝いAssist人工頭脳Artificial Intelligenceのリンドバーグです。現在、映像として実態化Simulated realityしています。

 今のところの管理をしておりますが、情報の検索および各種許認可申請、スケジュール管理に至るまでこなせます。ご要望ならば、一肌脱いで……。

 ああ、別に服を脱ぐって言うわけではないですよ。わたしにはそのようなデータは実装Installされていませんから……。そもそも、わたしを作った人の趣味なんですからね。こんな短いスカートは嫌なんですから……」

「バークさん。それじゃあ、ますます分からないよ」

 と、カタリは笑っています。


 バークさんは馬鹿にされたと思ったのか、反対にムッとした顔をしています。


みたいなものですか?」

「あら、アナタにはそちらの方が分かりやすいですね」


 再び、彼女は笑顔になりました。

 どうやらわたしが知っていると、同じように感情が豊かなようです。


「で、ここはどこなんでしょうか?」


 わたしは彼女に質問しました。

 彼には、なんだかはぐらかされたので、教えてくれるものと……。


「ここですか? エーッと……」


 彼女は、両方のこめかみに人差し指を付けて「考えています」と、ポーズを取りました。

 わたしに説明しやすいように、彼女の中で纏めてくれているのでしょう。


「それよりも、トリ、見なかったかい?」


 そういえば、カタリが「トリに聞いてみる」と言っていましたが、そのことでしょうか?

 すると、カウンターの奥から、何か丸っこいものが姿を現しました。


「我が輩に何か用なのか?」

「おお、トリ! 聞きたいことがあるんだよ」

「トリではない! 我が輩はトリニティ・インデッ……」

「長いからトリでいいよ」


 何でしょうか、この生き物は……。

 翼があるので鳥?

 でも、ファスナーのようなモノもついていますし、それはまるで……。


「ニワトリ?」

「なッ失敬な! 我が輩は正真正銘、フクロウだ!」


 わたしがつい口にした言葉に、その生き物は激高し始めました。


「どっちでもいいよ。トリぃ~……。

 聞きたいことがあるんだけど、この人に〝詠目〟を使っても、文字が現れないんだよ」

「なんと〝詠目〟で見えないとな! カタリよ。ついて参れ!」


 そう言って、パタパタと小さな翼を羽ばたかせながら、奥のドアの前に進みました。


「開けてくれぬか?」

「はいはい……」


 二人(?)は、そのままドアを開けて、奥の部屋に消えていきました。

 ここが図書館というのなら、この奥の部屋がそうなのでしょう。だが、彼は見せてくれませんでした。


 しばらくすると、音が聞こえ始めました。

 最初は、何かが崩れる音。続いて、悲鳴が聞こえ始めたかと思うと、何かの爆発音。そして、電子音や音楽……世界中の音といえるものが、聞こえてくるではないですか。


「バーグさん。この奥が図書館なんですよね」

「はい。一応、図書館です」


 まだ、どう説明するのか、悩んでいたみたいです。


「中は、どうなっているんですか?」

「えっ! ご存じのはずですよ」


 そういえば、カトリ君も同じようなことを言っていたような……。

 この世界のことを聞いたときに、「でも、君がよく知っているはずだよ」と……。

 わたしには、思い当たることはありません。

 ひょっとして、記憶喪失になったのかな? でも、このドアの先に、何かこの世界の事が分かるヒントが隠されているような気がします。


「あっ! トリが一緒じゃないと迷いますよ」


 彼女の制止を振り切るかのようにして、わたしはドアを開けました。



 ドアの先にあったものは、なんと表現していいでしょうか。

 すぐには言葉が思いつきません。

 あえて言うなら星空……そう、電車の中から見上げたときの、降りそそぐような星の夜空。それが目の前に広がっています。

 よく見れば、その星と思っていたものは一つ一つが本でした。

 そして、星の中の本は開かれ、書かれた物語が展開されているではないですか。


「アナタは、ここが整理されていないこと、知っているじゃないですか。

 高三次元索引機Trinity・Index tabがいないと、この図書館では迷子になってしまいますよ。

 しかも、今も膨張を続けているんです」

 と、彼女が指さすところは、次々と星が生まれています。


 他を見れば、ぶつかり合い融合する星もあれば、、離れていく星も、ひとつの星から分裂するものもあります。


「あっ! 戻ってきましたよ」


 カタリがあのトリと共に戻ってきました。ひとつのを抱えて……。


「僕の〝詠目〟でなんで読めなかったか分かったよ」


 と、わたしに本を差し出してきました。


「読めばわかるさ! 僕の仕事は、物語を必要としている人のもとに届けること」


 わたしはそれを開いてみると、中は白紙です。


「君の仕事は、物語を創ること。君に相応しい本はまだないんだ。

 だから、この本で創り出してほしい。いつか、その物語を必要としている人のために……」


 わたしの視界は、急激に光に包まれていきました。

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彼方の図書館~アナタノトショカン 大月クマ @smurakam1978

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