最終話 風と共に見守り

「……すべて、過ぎ去った昔。我が胸の内に秘めておくつもりだった話よ」

大樹の精霊は、そう締めくくった。

爽やかな風が吹き抜けていくそこは聖域である。大樹の木陰で、精霊は昔語りをしてのけたのだった。

妖精騎士へと。

使命が果たされた直後、闇の軍勢の攻勢はたちどころに滞った。かと思えば速やかに兵をまとめ、撤退していったのである。指揮官たる妖魔の長が討たれたからであろう。

追撃は行われず、両軍の死者は種族の別なく葬られた。精霊の意向だった。

闇の軍勢が去ったことで、息をひそめていた人間たちの生き残りも姿を現す事だろう。

危機は去り、平和が訪れたのだ。されどそれがどれほど続くかは、分からない。

「これから先、世はどうなるのでしょうか」

「私にも分からぬ。一つだけ確かなのは、神代の遺恨を後の代にまで残すわけにはいかぬということだ。そのためならば、私はいつまでも二つの種族を隔て続けるであろう。

我が友を探すとしよう。人間たちの土地のどこかで、今頃新たな生を受けているはず。今度こそ、約束を果たさねば」

「はっ」

「主だった者たちを集めよ。生き残った人間たちに手を差し伸べねばならぬ」

「はっ!」

妖精騎士は、場を辞した。


  ◇


七分咲きであった。

見事な紅に彩られた枝を垂らすのは山桜の古木である。この地に人が住まい、大地を切り開いていく以前からここにあったのだとか。

その枝に手を伸ばす者の姿があった。

可愛らしい幼子である。その指には、伸びた若芽が幾重にも絡まってできた指輪がはまっているではないか。瑞々しさを保っているのが何とも不思議ではあった。

花を手にしようとする彼女であったが、風に揺られる枝は高い。なかなか届くものではなかった。やがて疲れたか、手を伸ばすのを幼子がやめた直後。

ふわり、と枝が揺れた。爽やかな風が古木全体をしならせて行ったのである。それは、幼子の頬を優しく撫でる。まるで大切なものを扱うように。

しばし枝を見上げていた幼女。彼女は、自らを呼ぶ母親の方へと振り返ると、そのまま走り去っていく。

その様子をいつまでも、山桜は見守っていた。

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大樹の騎士と指輪の姫君 クファンジャル_CF @stylet_CF

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