12月 ②

 いっしぃに出かけたあの日から10日は経っただろうか。お互い仕事もあり休みのタイミングが違ったりとあれから職場以外では顔を合わせていなかった。連絡はするものの、元から返信の頻度は高くなかった。そのため付き合ってからもそれは変わらず、モヤモヤする時間も少なくなかった。

 心配性が過ぎることは自分が一番よく知っている。女々しいともよく言われるほうだとも思う。しかし直しようがない。直しようがないこの性格に加え治し方が確立されていない自分の病。このことを考えるといつになく落ち込む。恐らく生きていることに執着がないと思うのは、こんな悩むならいっそ、、、と思うことに似たものがあるからだろう。自分の人生、終えることができるなら終わりたいと思うことのほうが多いが、同時に何かをし終えないままは終われない自分もいた。そう「クリスマスが近づいていて、プレゼントを渡す」ということをしていないのだ。

 これは未練や執着があるから生きたいというよりは、生きなければという義務だと考えている。プレゼントのこと、当日の過ごし方、渡す方法、色々考えていると連絡が来ないことや病気のことなどで悩んでる暇はなかった。いまだに何を渡すかも決まっていないのに。

 まず思い立ったのが「煙草の吸殻を捨てよう」だった。その前にもう一度煙草に火をつける、オイルの心地いい香りを楽しみつつ、やるべきことを考える。部屋を綺麗にしつつ、豪華ではないもののいつもと違う日という意識はあったため、装飾もしなければいけない。何よりプレゼントは早々に決めておかなければ。そういったことを考えていると吸殻のたまった灰皿にまた新たな吸殻が追加されようとしていた。

 互いの趣味が合わないことのほうが多いのだが、服など身に着けるものの価値観は似通っていた。そのためクリスマスは靴にしようか、という冗談にも割と現実的な発言になりつつあった。しかし靴のサイズがわからないという失態を犯していた。いまさら聞いたところで察せられて驚きが薄れてしまうことはすぐに想像できる。残念さを自室で一人感じながら灰皿にたまった吸殻を捨て洗う。また別のものを考えなければ。

 考えが膨らみとりあえずの部屋の整理をしていると、意外とテキパキ動けるもので自分が病であることを忘れかける。しかしそれは束の間で動きすぎるとやはり自由が利かなきなることもしばしば。そういう時は呆れたように笑ってしまう。じきに手や足だけでなくこの不自由さが全体に広がる。それはいつなのか、病の進行は早いのか遅いのか、もしかしたらすぐにその時が来てしまうのではないかと考えていた。「普通は」という表現は極力したくないのだが、このようなことを考えるときは怖さや悲しさにさいなまれるのかもしれない。自分はこういう時なんだか他人事のような感覚に陥る。病だと診断された時もそうだったように。体と一緒に感情にも麻痺をきたしているのかもしれない。

 久々の休日、部屋の整理をして、クリスマスのこと、病気のことを考えていたら時間はすぐの経ちいつしか部屋は薄暗くなっていた。時計の針は4時を指していた。実は予定は部屋の整理だけではなく、何やら気に入られている会社の後輩の友人が私と食事がしたいというので、そろそろ準備をしなければいけない時間になっていた。不便な体に鞭を打ちつつ今日もピエロになるかと考える。もう一度時刻を確認し、余った時間はまた考えふける時間にしようと思った。

 そう思ったときふとプレゼントの決断をした。自分でも妙に納得したのか、少し肩の荷が下りた。


 会社の後輩と私が待ち合わせをしていたのは、自宅から歩いて五分ほどの場所にあるチェーン居酒屋だった。予定は6時からだったが後輩の友人が遅れてくるらしく先に飲んでいることにした。「最近どうなんですか」とニヤッとしながら後輩が訪ねてくる。当然病気のことでも、仕事のことでもないことはわかっていたが「何がだよ」と笑って返す。一個しか年齢も変わらないことから職場でもよく話すし度々飯も行く間柄だった。今日の会話の始まりも可もなく不可もなく、そういつも通りなのだ。

 病気のこともある程度打ち明け、付き合っていることの相談も乗ってくれる。おまけに仕事もしっかりこなす。できる男なのだ。そんな彼の友人がこんな私に会いたいというのだ。見世物にするつもりもからかっているわけでもないらしい。ただ後輩がよく話すから飲んでみたいとのことだった。

 あらかじめ詮索するのは気が引けたため、来てから本人にどういった経緯でこうなったかを聞けばいいと思った。すると個室の扉がガラっと開き「遅れて申し訳ないです」と律義な言葉と同時に入ってきた。一応自己紹介する流れになり、私から順にしていった。私と後輩は一言名前だけで済ませ、友人が自己紹介を始めた「山本です、ローカル誌の編集をやってます。」とニコニコしながら言った。続けて「実は俺の知り合いに〇〇のことよく知ってる医者がいるんです」と一定のペース話した。私は何で私の病のことを知っているのか、なんとなく予想がついた。そしてわざとらしく後輩をにらんだ。さっきまでへらへらしていた奴が申し訳なさそうに頭を下げてきた。「別に隠してることじゃないけど、俺の病気に興味あるの?」と食い気味で聞いた。すると「頼んだの自分です、何か力になりたくて」と横から後輩が入ってくる。どうやら気遣ってくれて友人である山本に相談してたらしい。「で、どうですか一回診てもらいませんか」とほぼ初対面の私にやさしく丁寧に提案してきた。裏があるわけでもなさそうだが、「わざわざ紹介してくれるのはありがたいけど、病気と闘うのやめようと思って。寿命までしたいことして、仕事して、って感じで終わりたいんだ。だからごめん。」最近長い時間歩けないこと、一人で立つのにかかる時間が伸びたこと、そしてもう少し進行したら仕事もやめようと思っていることを伝えた。もちろん二人からは心配され、治すことを勧められたが意思は固かった。

 「あとさ、まだいつかは決まってないけど、病気のこともあるし別れなきゃとも思ってるんだよね。病気が進行するまで元気に見え張りたいんだ。わがままだけどわかってほしい。」とへたくそなつくり笑顔でこの話をほぼ無理やり締めた。

 

 本音を言えばこんな話はするつもりもなかったため自分もそして話を聞いてくれた二人もかしこまってしまった。いつものようにピエロでいればこんな空気にはならずに済んだのかもしれない。

 「なんかごめんな」とそうとしか言えなかったが、後輩も山本も仕方がないという表情をし、今日はもう飲もう!とグラスを持ち上げた。おもむろに乾杯が始まり沈んでいた空気ががらりと変わった。年だけ上の私なんかより二人はずっと大人だった。そしていつぶりかもし病気じゃなかったら、なんて思ってしまった。こんなこと考えるなんてらしくない。そう思いいつもよりアルコールとニコチンを摂取してしまった。翌日の頭痛、吐き気も顧みず。

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病のせい コーヒーラブドール @atuwo21

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