GAME

赤河ゆい

プロローグ

第一話 ゲームの進め方

 暗い世界の中はもう飽きた。あくびが出そうなほどにひまだけれど、そもそも体がないからそうはならない。目をつぶって眠りたくても、できない。何もなく何もできない状況は、他の何よりも疲れる。「他の」ことをしたことがないから、本当はちょっとわからないけど。

 そんなとき、今か今かと待ちわびていた、白い文字が目の前に浮かびあがった。もちろんこちらから見ればそれは逆向きだけど、スラスラと読める。なんたって、この文字が浮かびあがるときが、この物語のスタートなのだから。内容はこうだ。

「ゲームを始めますか?」

その下に同じく白で「はい」と「いいえ」の文字が書かれている。まさか「いいえ」なんて押さないだろうな?

「はい」の文字が点滅する。よしっ。

「それではゲームを開始します」

 事務的な文字のあとから、明るい音楽とオープニングムービーが手を取りあって流れ出す。胸が高鳴るような、わくわくするリズムに合わせて踊りたくなる。

 ここはゲームの世界。名前も体も性別も決まっていない「主人公」が、人々を救い、輝かしい栄光を手に入れる世界だ。


「さいしょに、キミの分身アバターを作ろう!」

 プレイヤーは性別のところで「おとこのこ」を選んだ。フムフム。じゃあ今から「オレ」になるわけか。心得た!

 次に「顔」のパーツが選択される。くるくるパーツが変わるから、目が回る。結局、「こうきしんの目(黒色)」と「いたずらっ子スマイル」になった。おぉ、なかなかいいセンスじゃんか! オレの好きな顔だ。さすが、オレのプレイヤーだな。

 顔が決まると、「髪型」を選び始めた。これは決まるのが早く、他のものを選ぶことなく「元気ショート」になった。ちょっとツンツンした、いかにも主人公っぽい髪型だ。ただ、色はかなり迷っていた。「情熱の赤」、「安らぎの緑」、「太陽のオレンジ」、「愛のピンク」……。うん、ピンクだけは嫌だな。他にも色々試したが、最終的に「栄光の金色」に落ち着いた。一番名前がシャレてるな。

 これで「見た目」は全て選んだ。どきどきと胸が高鳴る。

「見た目完了!」ボタンが点滅し、「キミの名前を決めよう!」という文字が現れる。オレの名前! 今日一番のメインイベントだ。ずうっと、「名前」が欲しかったのだ。嬉しくて嬉しくて、にこにこ顔が変にひきつりそうだ。

 ある二文字が浮かぶ。

『ケイ』

 プレイヤーは決定ボタンを押した。

 次に「確認」する。

 キラキラした純黒の瞳。端が少し上がっている口もと。美しい金髪に彩られた元気いっぱいな髪。

 これが「オレ」。これが「ケイ」!

「ケイ」と名付けられたオレは、元気よく叫ぶ。

「さあ、冒険の始まりだ!」


◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇


 画面が黒く染まり、オレの部屋が映し出される。オレはベッドの上で静かに寝息をたてている。

 物語はここから始まる。 

「ケイー!」

 画面の下の方にフキダシが現れる。

「もう起きなさい! 遅刻するわよ!」

「はーい!」

 なんともありきたりな会話だな、と思いつつ従順に返事をする。オレがベッドから起き上がり、床に立つと画面に説明が表示された。

「まずは歩いてみよう!」

 そしてキーと歩いている映像が映し出される。プレイヤーはその場でオレをくるくるさせた。ぽこんっと新たな説明が出てくる。

「走ってみよう!」

 プレイヤーは部屋の中を全力ダッシュさせる。

 ぽこんっ。

「ケイー!」

 これは説明ではなくオレの母の声だ。

「今いくよ」

 オレの口からフキダシが出る。チュートリアルバトル時に説明される「回避」(前転して敵の攻撃を避ける)をプレイヤーがなぜか器用に使って、オレは部屋から出る。こいつ、やるなぁ……。


「ケイ、おはよう」

 一階に降りるとさっそく母さんが声をかけてきた。どっしりとした体型の母さんは、まんじゅうのようなふっくら顔に笑みを浮かべている。

「今日は待ちに待ったアンタの儀式ね! 寂しいけれど、ケイが選ばれて嬉しいわ。ラスカくんがいるから安心だけど、あんまり迷惑かけたり、無茶したりしちゃダメよ?」

 オレは明るく答える。

「もちろん!」

 ラスカとは、もうすぐ登場するオレの親友のことだ。いつも優しい――悪く言うとちょっと気弱そうな――笑顔をしていて、完璧主義なところがある頭脳タイプだ。あと「紳士的であること」を重んじていて、女の子と子どもには無条件に優しいが、男にはたまに厳しい。

「ケイー!」

 もう何度目かのお呼びだし。窓の外にいるのがオレの親友ラスカだ。ニコニコと手を振っている。

「早くおいでよ!」

 オレは家の外に出て、ラスカに近づき話しかける。

「おはようラスカ」

「うん、おはようケイ!」

 ラスカは嬉しそうにはしゃいでいる。冷静なラスカにしては珍しい姿だ。興奮で瞳を輝かせる。

「ボク、夢を見ているようだよ。まさか“村の勇者”としてきみと旅立てるなんて!」

 ここで二つの選択肢が現れる。まぁどちらを選んでもストーリーは変わらないけどね。

►「お前なら、選ばれると思ってたよ」

►「“村の勇者”ってめんどくさくない?」

 プレイヤー、迷わず上を選択。オレだったら下のセリフ言うけどな。オレのプレイヤーは優しいやつみたいだ。

「お前なら、選ばれると思ってたよ」

「そうかな? ボクもケイなら絶対なれるって信じてたよ」

「信じるなんて、大げさだなぁ!」

 オレたちはいちいちリアクションを付けながら会話を進める。でも、多分セリフを読むのに忙しくて、わざわざキャラの動きなんて見てないと思うんだよなぁ……。

 母さんも外に出てきた。

「二人とも、支度が済んでいるのなら、先に向かっておいておくれ。私はあとから行くわ」

「はーい」

「じゃあ行こうか」

 ラスカに促され、オレたちは村長の家へと歩きだした。

 しばらくすると、左上からフキダシがぽこんっと出た。

「おーい!」

 走ってくるのはオレたちの幼なじみで村長の孫のユミだ。

「おはよー!」

「おはよーユミ!」

「おはよう、ユミ!」

 オレとラスカはユミに手を振り返した。

 ピンクのツインテールにすみれ色の瞳のユミの周りに、キラキラしたオーラのようなものが出た。

「嬉しいなぁ! 私の親友が二人とも選ばれるなんて! ……私も男の子だったら、二人と一緒に旅に行けるのに……」

 村の掟で、村の外に行くには男は十五歳、女は二十歳になって“成人の儀”をする必要がある。しかし“村の勇者”は特別で、女でも十五歳以上であれば外に出ることができるのだ。オレたちは十五歳。ユミが外に出られるようになるのは五年後のことだ。

 ラスカは優しく微笑む。

「ユミが“成人の儀”を終えたら、ボクたちのところへ来てよ。そしたら一緒に冒険しよう! きみがいてくれたら、すっごく頼もしいよ! ね、ケイ?」

 オレは大きく頷く。

 しょげていたユミはたちまち顔を輝かせた。

「ありがとう、ラスカ!」

 ラスカは照れた動作をする。これだからモテる男は……。あーあ、やってらんねえ。

 すっかり元気になったユミは明るく言う。「私は先に“儀式ノ場”に行ってるね。二人とも、またあとで!」

 走り去るユミにオレたちは手を振る。

「ボクらも、村長の家へ急ごう」

 下画面の地図に赤い旗がたつ(ちなみにサブクエストは青い旗で表示されるぞ)。そこへ向かって、プレイヤーはオレたちを進める。


◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇


 さて、ではこの間にオレたちが追うこの世界の神秘について、ざっくり説明しよう。

 オレたちの世界「オウルストラ」には、七つの神殿にそれぞれひとつずつ『願いを叶える石』が隠されている。しかし、それらは未だに場所の特定がされていない。

 場所も形も、周りの景色も方位も何もわからない、完全に隠されている七つの神殿。神殿の大きさの説で最も有力なのは「とてつもなく小さい」という説だ。なぜなら、何百年もの間、何万人もの人々が探しても見つけられないから。そのため、ものすごく小さくて目には見えないのでは、なんていう途方もない仮説が生まれたのである。

 しかし、ある二人は大昔、全ての神殿を発見したとオレたちの村「クラリネア村」には伝えられている。その二人こそが初代“村の勇者”のギデアとミテアだ。二人は世界各地に七つの神殿についての手がかりを記した石盤を残し、亡くなった。

 村にある二人の書いた石盤には、『願いを叶える石』があることが書かれていた。

 その『石』の存在はすぐに世界中に知れ渡った。

 人間は欲望に負ける生き物だ。 

 誰だって、そんなものが存在するなら、欲しい。

 人間たちは『石』を巡っていやらしい争いを繰り広げた。国単位、または力のある市町村はそれぞれ公共機関に『石』の探索機関を設けた。『石』に関する情報を手に入れるためにスパイが動き、『石』の情報専門の泥棒も現れ高い値で売りさばいた。裏で汚ならしい引っ張りあいをしていても、王族や政治家の顔は親密な表情をしている。理由は簡単、戦争をしたくないから。一見すれば、それはとても良いことだ。戦争ほど要らないものはない。しかしその理由を聞けば、きみも呆れ返るだろう。戦争をしたくない理由。それは神殿や『石』を誤って壊さないため。どこにあるかわからないから、下手に戦って破壊してしまうのを防ぐため。なんとも悲しい世界だ。この世界の権力者たちは、自らの欲望のために、一生懸命に見せかけの平和を作っているのだ。 

 ところで、クラリネアの勇者ギデアとミテアはちょうど二百年前に亡くなったそうだ。二百年後に、自分たちの意志を継ぐものが現れると言い残して……。

 そこでクラリネアは彼らが旅立った時と同じ歳の子ども――つまり十五歳――の子どもを集め、様々なテストを行った。走ったり飛んだりはねたり、学校のテストも受けたし剣で打ち合ったりした。最後にアンケートに答えた。その紙にはただ一言だけ、シンプルな質問が書いてあった。

「『石』を手に入れたら?」

 オレはとりあえず、こう書いておいた。

「村に持ち帰る」

 別に何か叶えたい願いなんかないから、とりあえずそうした。

 実はオレの書いた言葉を、勇者たちは予言していたのである。次の勇者のうちの一人はこう答えるであろう、と。

 それまでのテストも、勇者の予言であったからだ。足の速さは村で一番であろうとか、剣の腕が一番良いものと、一番頭の良いものが勇者であるとかなんとか。ちなみにオレは剣で一番、ラスカは学力が一番だ。

 オレたちはそういうワケで、“村の勇者”に選ばれたのである。


◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇◦◇


「よう、我らが勇者さま!」

 そろそろ村長の家に着く、というときに野太い声がオレたちを引き留めた。オレたちは一度立ち止まり、その場で回転して声の方向を向いた。ラスカが言う。

「おはようジーゴさん」

「さん付けはやめてくれって、いっつも言ってるだろ? 特に今は、おまえらの方が上なんだから!」

 いかつい体のジーゴは、見た目通りの豪快な笑い声をたてた。

「でも、年上ですし、ちゃんとした言葉使いをしないと……」

「いい、いい。オレに敬語なんか使わなくていいって。もっと楽ぅにしようぜ!」

 がはははは! と笑い飛ばす彼に、ラスカは不満そうに口を尖らせた。ジーゴは自覚してないだろうが、二人の相性は最悪だ。何事もきっちりしておかないと気が済まないラスカに対し、ジーゴはあっけらかんとしていて豪快で、とにかく楽しければそれで良いタイプのひとだ。根本から違うから、きっと一生分かり合うことはできないだろうな。

「そうだ、おまえらの勇者記念に良いモンを渡してやろうと思ってたんだ」

 ぽんっと手を打ち、彼はちょっと待ってろと言いながらごそごそと荷物をあさり始めた。

「お、あったあった」

 彼は嬉しそうに対しこちらに向き直り、手を差し出した。

「ほい、これ」

 手渡されたのはリュックだ。素朴な色合いの地味なリュックだが、触ってみるとがっちりしている。

「オレ特製おまえら限定のリュック。名付けて『がっちりリュックさん』!」

 自分は呼び捨て希望なのにリュックはさん付けかよ、というツッコミを必死で押さえ、うわぁ! と喜んでみせた。

「きっと旅に出たら荷物が増えていくだろうからな、収納のしやすさをメインに考えたんだ。外側にはチャック付きの収納スペース、内側にはポケットが多く付いていて、しかもひとつひとつにボタンが付いているから、中身が出にくいんだ。リュックの口が大きく開くから中を覗きやすく、取り出したい物をすぐに取れるぞ。肩のベルトは他の部分よりしっかりしたものだから千切れにくいが、内側は柔らかいコットンだから肩が痛くならないんだ。しかもしっかり防御魔法をかけといたから、多少の攻撃じゃあびくともしないぞ!」

 最強じゃないすか!

「す、すごいですね……!」

 ラスカは純粋に驚いている様子だ。まぁ、こんなすごいリュックはなかなかないもんな。

 ジーゴはにぃっと笑って腕を組んだ。

「おまえらは勇者になったんだ。これくらいは標準装備しとかねえとな。おまえたち二人は、オレたちクラリネアの誇りだ。ドンと胸張ってけよ!」

「「……っはい!」」

 オレたちはなんだかジーゴの快活な笑顔にじんとして、気合いを込めて答えた。ジーゴがますます嬉しそうに笑い、ちょっと気恥ずかしかった。

「へへっ……! 引き留めちまって悪かったな。じゃあ、またあとでな!」

「はい。またあとで会いましょう」

 ラスカが珍しく親しみのこもった柔らかい声でジーゴを見送った。

「……なんか、色んなひとに支えられてるんだね、ボクらって」

►「そうだね」

►「みんなのためにも頑張ろう!」

 プレイヤーはちょっと考えてから下を選んだ。確かに、どっちにしろあんまり内容変わらないもんな。

「みんなのためにも頑張ろう!」

「……うん! そうだね!」

 ラスカがにっこりと笑い、オレたちはまた歩き出した。


          To Be Continued……

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