戦え! 僕らの図書委員!

かめかめ

敵は本館一階にあり!

「大変じゃ!」


 茅島高等学校かやしまこうとうがっこうの図書館に入ってきてカウンターにヒョロヒョロと飛んできたトリ校長が、とつぜん大声を出した。


「しーっ! 校長先生、お静かに。ここは図書館ですよ」


 カウンターの中で本の整理をしていた図書委員長の少年、カタリィ・ノヴェルが口の前に人差し指をたててみせる。


「おお、これはすまん。しかしカタリィくん。一大事なのじゃよ」


校長は自慢の翼をバサバサとはばたかせながらカウンターに降りたった。


「読書時間にサボっている生徒がおるのじゃ」


「えー! それって大問題じゃないですかぁ」


 AI枠で入学した図書副委員長のリンドバーグが校長に負けないほどの大声で驚きの声をあげる。


「もう、バーグさんも声が大きいよ。ところで、校長先生。サボっているっていうのはどういう状態だったんですか? 居眠りでもしていたんですか?」


「うんにゃ」


 トリ校長は首をぐるりと360度回して否定の意を表した。


「その女子生徒はきちんと起きておった。本もきちんと開いておった」


「じゃあ、どうしてサボリだと?」


「ページをまったくめくらなかったのじゃ。ぼーっとページを眺めていただけで読んでいないのじゃ」


 リンドバーグが頬に人差し指をあてて小首をかしげた。


「たまたまその日、体調が悪かったとか」


「いいや、毎日なのじゃ。毎日同じページを見続けるだけなのじゃ。この夜目遠目が利く自慢の視力でしっかりと見たぞい」


 カタリィもリンドバーグと同じように小首をかしげる。


「校長先生は授業をもっていないのに、どうしてその女子生徒のことに気づいたんですか?」


「うっ、そ、それはじゃな……」


 リンドバーグが手を打ち合わせる。


「もしかして、ノゾキしてたんですね! 女子生徒さんがかわいいから」


「い、いや、そんなことはないぞい。ただちょっと気になっているだけというか、遠目にでも一目見たいというか……」


 カタリィの視線が冷たくなる。


「それ、ノゾキですよね」


「まあ、いいんじゃないでしょうか。校長先生はトリですから」


「そうだね。トリだもんね」


 カタリィとリンドバーグが頷きあっているのを悲しそうに見つめていたトリ校長がコホンと咳払いして話を元に戻した。


「とにかくじゃ。その生徒・望田詠もちだえいちゃんがどうして読書しないのか、どうしたら本を読んでくれるのか、調査して対応しとくれ」


 リンドバーグが嬉しそうに額に手を当てて敬礼する。


「まかせてください! 私、調べ物は得意ですから!」


「おお、頼もしいぞい。それでは図書委員、出動! 敵は本館一階にあり!」


「おー!」


 盛り上がるリンドバーグとトリ校長を横目に、カタリィは複雑な表情をみせた。


―――――――――――――


「どうしてカタリィさんはこの案件に乗り気じゃないんですか?」


 図書館から本館一階の教室に向かいつつ、リンドバーグが尋ねた。


「活字の本が得意じゃない人もいるって知ってるからさ。そんなに無理に本を読ませようとすることないと思うんだよね」


「カタリィさんは活字が苦手ですもんね、図書委員長のくせに」


 満面の笑みのリンドバーグにカタリィを非難するつもりはないように見えるが、それでもカタリィは小さく「うぐ……」と唸って目をそらした。


「と、とにかく。望田詠さんに話を聞かないとね」


 読書時間が終わったばかりの一年生の教室を覗いてみると望田詠は頬杖をついてぼんやりと窓の外を見ていた。机の上には一冊の本が置いてある。新品同然にきれいな状態だった。


「こんにちは、望田さん」


 教室に入ってきた三年生、それも有名なAI特待生に話しかけられて詠は目を丸くした。


「ちょっとおうかがいしたいことがあるんですけど、本を読まないのはどうしてですか?」


 カタリィがリンドバーグのわき腹をつっつき、小声で囁く。


「単刀直入すぎるよ!」


 せっかく小声で言ったが、詠は耳が良いようで「べつにいいですよ」と平然と答えた。


「文字読むのって疲れるから。理由はそれだけです」


「確かに目が疲れますし、頭も使います。でもそれ以上にめくるめく体験が……」


「えー、べつにめくるめかないです。どんなにすごいことが書いてあっても、しょせんただの文字列じゃないですか。実際の体験に比べたらなんてことないですよ」


 リンドバーグはムッとして眉根を寄せる。


「それは作家様に対する冒涜です! 作家様方は一作一作に魂を込めてるんです!」


「じゃあ、なおさら私には読書は必要ないです。魂とか重すぎるもの受け止めてらんないです」


「でもですね……」


「おーい、そこの三年生。授業始めるから出て行ってくれ」


 さらに反論しようとしていたリンドバーグだったが、教室に入ってきた教師から声をかけられて口をつぐんだ。


「バーグさん、出直そうよ」


 カタリィに連れられてリンドバーグは不承不承、一年生の教室を後にした。


――――――――――――――


 放課後の図書準備室でトリ校長を交えて作戦会議が開かれた。椅子の背にもたれながらカタリィが発言する。


「実際の体験より面白い本があればいいって言うなら、望田さんの心に封印された物語を『詠目』で見てみたらいいんじゃないかな。で、それを望田さんに読んでもらう」


 リンドバーグが身を乗りだす。


「それですよ! 自分の体験から生まれた物語なら実体験にプラスアルファした、すっごい物語のはずです。ね、校長先生」


 同意を得ようとトリ校長に視線を向けると、校長は難しい顔をして「ホー」と小さく鳴いた。


「それは賛成しかねるのお。『詠目』が一篇の小説にした物語は必要としている人のもとに届けるものじゃ。自分自身を満足させるためのものではないのじゃ」


 カタリィは首をかしげる。


「自分で自分の物語を必要とする人もいるんじゃないですか?」


「もちろん、そういうこともあるじゃろう。だが望田詠ちゃんは、そう言っていたかね?」


「いいえ、読書は必要ない、物語にこめられた魂とか重すぎて受け止めてられないと言ってました」


「では、小説にして渡しても詠ちゃんは読んではくれないじゃろう」


 リンドバーグがイスを鳴らして立ち上がる。


「では、どんな本なら読んでくれるのか、情報収集して解析しましょう! 私、がんばりますよお」


 そう言うとカタリィを置いて部屋から出て行ってしまう。あわてて追いかけようとしたカタリィを校長が呼び止めた。


「カタリィくん。人は一生に一遍は小説を書けると言われておる。同様に、人は一生に一遍は自分に本当に必要な物語を手にすることができる。ワシはそう信じておるよ」


 カタリィはこくりと頷いてリンドバーグの後につづいた。

 二人は一年生の教室を周って望田詠の情報を集めた。成績はいつもトップクラス。ノートはとらず耳で聞いただけでなんでも覚えてしまう。人づきあいが悪く友だちがいない。いつも下を向いていて視線があわない。歩く時も床を見つめて歩いている。


「むむむむ。この情報を解析した結果は……」


 人差し指を両方のこめかみに当ててリンドバーグが「むむむむ」と言いながら解析をすすめる。カタリィはゴクリと唾を飲み、見守った。


「ずばり! 望田さんは視力が悪いのです!」


「はあ?」


 気の抜けた声をあげたカタリィにリンドバーグが満面の笑みを浮かべる。


「目が悪いから字を読むと疲れる。目を使うと疲れるからノートはとらずに耳で覚える。目が悪いから人の顔がよく見えなくて顔を覚えられない。だから友だちも作らないし、話しかけられないように下を向いているのです!」


「いや、バーグさん。それはちょっと強引すぎないかな」


「そんなわけで望田さんにはこれを使ってもらいましょう! ハズ〇ルーペ!」


 リンドバーグは頭にのせているベレー帽の中からゴツイ眼鏡を取り出した。


「はずまるるーぺ? なに、それ」


「字が小さくて読めない! そんなお悩みを解決してくれる素晴らしいルーペです。これできっと望田さんも本を好きになってくれますよ。さあ、行きましょう」


 うきうきとスキップしそうなリンドバーグに手を引かれて、カタリィは首をひねりながらもついていった。


「望田さん、これをかけてください!」


 突如、目の前に差し出されたハズ〇ルーペをしげしげと眺めてから、詠は素直に受け取った。リンドバーグが両手を胸の前で握りしめて、うん、と頷くと、詠はルーペのつるを耳にかける。


「さあ、この本を見て」


 詠はページをめくり、目を丸くした。


「字が大きく見える!」


「これなら読書もつらくないですよ」


「でもこんなのかけてたら重くて逆に疲れます」


「それくらいなんてことないです。読書の楽しみに比べたら少しくらいの疲れなんか」


「他人事だと思って疲れを軽く扱わないでください」


「だけど……」


「あの」


 言い合う二人の言葉をカタリィが堰きとめる。


「コンタクトにすればいいんじゃない?」


 二人はぽかんと口を開けていたが同時に「その手があったか!」と感嘆の声をあげた。


――――――――――――


「望田さん、今日はなにを読んでるんですか?」


 図書館の蔵書整理をしていたリンドバーグは詠を見つけて寄って行った。


「百科事典です。今まで字が小さすぎて触るのも嫌だったけど、読めるようになったら面白くて」


 カタリィも仕事の手を止めて会話に加わる。


「望田さんはすっかり本が好きになったね」


「はい。こんなことならもっと早く視力矯正すればよかったです。ところでカタリィ先輩は人の心の中に封印されている物語を小説にできるって本当ですか?」


「うん。望田さんは自分の中の物語を自分で読んでみたいと思う?」


 詠は少し考えたが首を横に振った。


「もっと本を読んで成長してしっかりとした物語になったら、私みたいに本を読めない誰かのための文字の大きな本にしてほしいです」


「わかった、まかせて。それまでにもっと『詠目』を磨いておくから」


 笑いあう三人の姿を物陰からそっとノゾキみて、トリ校長は満足げに「ホー」と鳴いた。

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