拝啓、担当者さま。

阿尾鈴悟

拝啓、担当者さま

 どんなに良い作品であろうとも、そも人に知られなければ読まれない。

 そう感じることが度々ある。私には良い作品を書いている自負があった。少なくとも悪くはない自信がある。それなのに──


 小説家が自らを小説家と名乗り始めるタイミングは、人によって全く違う。それほどまでに線引きが難しい。小説と呼べるものを書き始めたらなのか、出版社から一冊でも小説を出したらなのか、それとも、大衆に認められたらなのか。仮に最後者のみを小説家とするならば、私は小説家ではない。真ん中でも、まだ違う。小説を書いて新人賞に応募し、落選した作品をネットの小説投稿サイトに投稿する。ほとんど最前者に私は位置している。

 アマチュア小説家。

 そういえば少しは良く聞こえるかもしれない。だが、そんなものは所詮、言い訳に過ぎず、世間から見ればフリーターなのだろう。お金を貰えなければ仕事ではない。本当に小説で飯を食っていけると思っているのか。いつまでそんな生活を続けるのか。表では応援しているアルバイトの同僚が、裏では陰口を囁いているのを何度も聞いた。その度、幻聴であって欲しいと思った。だから、いつしか自らの目標を語ることをはばかるようになり、昼はアルバイトとして社会の一部になって、夜、小説へ邁進するようになっていた。

 小説投稿サイトのイベントを知ったのは、そんな折だった。二日ごとに担当さんの考えたお題が発表され、次のお題発表日までにそのお題に沿った小説を投稿するという企画だった。作品の評価に応じては賞金もあり、チャンスも全10回と割合多い。さらには少額とはいえ、皆勤賞の枠もあった。日数が約一ヶ月とかなり長期間であることを除けば、なかなかに魅力的なイベントだ。

 賞に入選できるかどうかは分からないとしても、10回、全てに参加すれば、お金が貰える。自らの書いた小説がお金になるという事実に私は惹かれた。お金を貰えなければ仕事ではない。それは裏を返せば、お金を貰えれば仕事になるということだ。それ故、小説家として名乗れる第一歩のように思えたのだ。

 そして、初日から、私は絶望する。担当さんが提示したお題は、とある鳥に重要なシーンを担わせるものだった。それくらいなら何でもない。しかし、問題だったのは、なぜ、その鳥なのかという点だ。もっと言うなら、なぜ、その鳥でなければならないのかということ。鳥なら他にも沢山の種類がいて、その鳥でなければいけない理由を考えるのに時間がかかった。いくつか思いついたアイデアも、私より早く投稿された作品に使われていて、どれも使うに使えなかった。そうして出来た作品は、当然のように賞に絣もしなかった。

 それからも難しいお題がいくつも提示された。初日同様に必要性を考えるのが難しいお題や解釈を制限するもの、何がなんだか良く分からない内輪だけで楽しむようなもの。書いていて楽しいと思える自分の小説と違って、誰かが規定したお題から小説を膨らませるのが、こんなにも苦しいとは思わなかった。

 とはいえ、いくつか納得のいく作品も生み出せた。

 しかして、結果を見て、愕然とする。

 どの作品も、ほとんど同じ結果。同じくらい人に読まれ、同じくらいの応援を貰って、同じくらいに評価された。だったら、どんな人の作品が評価されているのかと上位を見れば、毎回、ほとんど同じ名前が占めている。沢山の人が読んで、沢山の応援を貰って、沢山の評価されていた。

 どんなに良い作品であろうとも、そも人に知られなければ読まれない。

 兼ねてより抱いてきた思いは、今、こうして結実した。

 世界の何処かには、人が心の中に封印した物語を見通し、小説にして、必要な誰かに届ける少年がいるらしい。それは受け取った側には救いかもしれないが、封印していた物語を奪われた側は救われない。作り出す側が救われるには、作品という形で発表し、多くの人の目に触れられるしかない。結局のところ、そういうことなのだろう。

 この作品が、必要な誰かに届くよう、願いを込めて。 

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