《FRAGMENT》女王の記憶
◇◇◇FRAGMENT《女王の記憶》◇◇◇
サイラス、とその男の名を呼ぶ。
豪奢な天蓋付きの寝台に横たわるのは、ひとりの美しい女だった。しかし染みひとつない絹の掛布の下に隠された肉体には、両足がない。彼女を蝕む遺伝病の進行は早かった。日夜肉体を蝕む疼痛に、ただ耐えるだけの日々が続いている。
ゆるく波打つ白金色の髪が、海のように
その瞳の奥底で燃え盛るのは、消えることのない、生への渇望だった。
「行きなさい、サイラス」
グエナヴィアはこいねがう。
「わたくしを死の淵から救うために、旅立ちなさい」
――どこへ?
サイラスの声なき問いを受けて、「門の島に」と答える。
「お前ならばきっと行ける。古代種が旅立ったと同じ港で、船を浮かべなさい。お前の魔術配列があれば、かのゲートをくぐれるでしょう」
すべての生命の起源が眠るその場所なら。
きっとわたくしを救う手立てもあるでしょう。
「これは王命です。わたくしを、かならずやこの苦難から解放しなさい、サイラス」
陛下。陛下。陛下。――グエナヴィア様。
かならずやあなたをお救いします。絶望に瀕した男が応える。
そして彼は、掛布の上から、そっと主人の小さな手に口づけた。
グエナヴィアの遺伝病を根絶するために進められていた生体干渉魔術の研究は、既に一定の成果を得ている。遺伝病を克服した胚を創出したのだ。
しかしその過程で生まれた過ちを、教会の人間に暴かれた。責任者の追放なしに事態を収拾することが不可能な状況にまで、彼女は追い込まれていた。
だがサイラスなくして、遺伝病の研究は進まない。
もはや自分が生きているうちに、この病を根絶することは難しいことを、彼女は確信していた。
けれどもその事実を、この男に伝えることはできない。彼は、グエナヴィアを死の淵から救う――その悲願を達成するためだけに生き、そのために罪に手を染めたのだから。
「もっと近づきなさい。あなたの美しい顔を、わたくしによく見せなさい」
彼は、今にも泣き出しそうに顔をゆがめていた。
「お前を誇りに思うよ、サイラス。何も案じず、ただ前だけを向いて、行っておいでなさい。わたくしは遠くからお前を思い、常に信じている。お前がわたくしを、死の淵から救ってくれることを。お前もまた、わたくしを思いなさい。
――もっとも美しかった時代の、わたくしのことだけを考えなさい」
サイラスは唇をわななかせたが、しかし何も言わず、黙ってうなずいた。胸に手を当て、深く、深く
――薄暗い室内には、死の匂いが充満していた。
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