たくさんのありがとうを込めて。

美澄 そら

たくさんのありがとうを込めて。

 窓から春の温かな日射しが入ってくる。

 ガタガタと揺れる電車の中、狛江は手帳を使ってスケジュールの確認をしていた。

 通路の向かい側には、高校生くらいのカップルが繋いだ手を隠すようにして、肩を寄せて寝ている。

 彼女の膝に乗せられた左手の薬指に、きらりと光るものが見えて、最近の子はませているなぁと狛江は感心をした。

 自分にそうした相手が出来るのは、果たしていつになることか。未だに素っぴんの左手を見て、当分先になるだろうと思った。

 車掌が次の駅名を読み上げて、狛江は手帳を閉まって、立ち上がった。

 カップルの横のドアが開いて、狛江は彼らが乗り過ごさないか、一瞬心配になったけれど、その心地良さそうな寝顔に掛ける言葉を失った。

 ――まあ、次の駅で終点だしな。


 電車から降りると、大きめのリュックを背負った二人組みが、幸せそうな溜息を吐きながら狛江を追い越していった。

「あー……やっぱ、フクロウは神だわぁ」

「いやいや、シマエナガ、可愛かったでしょ」

「可愛かったけどさー……ああ、早くもりりんに会いたいなぁ」

「そればっかりね」

 もりりん、とは何だろうか。狛江は首を傾げながら、上りと下りしかない小さなホームを後にした。

 改札を抜けると、何やら騒がしいのが気になった。

 狛江は駅を出て右に曲がる。すると道の奥にある駐輪場の屋根の上を軽快に走っている男が見えた。

 狛江より少し若そうだが、駐輪場の屋根が走る場所ではないことくらい分別できる年齢には違いない。

 それを下から三人の男が追いかけていく。

「さーたーけー!」

 屋根の上の人物は、駐輪場の屋根から後方二回宙返り一回ひねりムーンソルトを決めて、ドヤ顔をしながら走り去って行った。

 三人の男は今度は「まなみん」と叫びながら、彼を追う。 

 ――これは一種のパフォーマンスなのだろうか。

 呆気に取られていると、背中に衝撃が走った。

「すみません」

「いや、こちらこそ、急に止まってすみません」

 ぶつかってきた青年は、ヘッドホンを取ると、頭を丁寧に下げてから去って行った。

 取った時にヘッドホンから漏れてきた曲に聞き覚えがある。

 ――ショパンか。クラシックを嗜むとはいい趣味だな。


 狛江が歩き始めると、手前のラーメン屋に先ほどの鳥談義をしていた女性二人が入っていき、入れ替わりに女性二人が出てきた。

「美味しかったねー」

「清水先輩、ごちそうさまでした」

「ううん、大丈夫だよ」

 二人の進行方向は狛江と向かっている方向が同じらしく、しばらく二人の後を付いていく形になった。

「サキちゃん顔色良くなったよね。あれから寝れてる?」

「はい。添い寝屋さんって、最初抵抗ありましたけど、結構よかったですよ。ちょっとお値段しますし、あれっきりですけどね」

「いいなー」

「先輩は添い寝屋さんに頼まなくても、添い寝してくれる方いるじゃないですか」

「そうだけどーっ」

 狛江は添い寝屋という職業があることに興味が湧いて、思わず会話を盗み聞きしていた。

 そこからは清水先輩とやらの惚気トークが始まったので割愛しておこう。

 なにやら、社内恋愛は順風満帆らしい。

 右手に見えた花屋に入ることにして、楽しげな二人の背中にお別れをした。

「いらっしゃいませ」

 朗らかな笑顔で迎えてくれた女性に声をかける。

「花束を欲しいんですが」

「はい。どういうご用途でお作りしましょうか」

「お墓にお供えしたいんです」

「でしたら、菊を中心にしますか? あとは、生前お好きなお花があれば、そちらをお入れしますけれど」

 狛江が悩みつつ、店内を見回すと、すごい笑顔のイケメンが居た。訂正、表面上は笑っているが目は殺意すら感じるほどに怒っている。

 彼女に話しかけたのは不味かっただろうか。

 しかし、女性スタッフは懸命に狛江の注文に沿うようなお花を提案してくれる。

 刺さるような視線は甘んじて受けて、彼女に任せよう。

「お任せします。……一応、男性のお墓で、尊敬する方です」

「かしこまりました」

 出来た花束は鮮やかな黄色の菊と白い菊のような細かな花弁の花を中心にしたものだ。

「白い花はダリアです。花言葉は『感謝』。いかがですか?」

「ありがとうございます」

 支払いを済ませると、未だに相手を凍てつかせるような目をした、笑顔のイケメンに軽く頭を下げて、狛江は花屋を後にした。


 小金澤の情報では、青石の墓があるお寺までは駅から数分とのことだったが、どう考えても二十分近く歩いている。

 緩やかな坂道を上る。

 素直にタクシーに乗ってくればよかった、と思う反面、時折頬を撫でる風が心地よくて、狛江は目を細めた。

 今日も最高気温は二十度を超えて、桜はその蕾をいつ開こうかタイミングを見計らっている。

 寺までの道には、他にも色とりどりの花が咲き乱れていた。

 寺に着いて、裏の墓所へと回る。けっこう大きくて有名な寺らしいが、彼岸も過ぎたばかりなので、人影はない。

 奥まったところに、一回り大きな墓があり、小金澤は墓に寄りかかるようにして本を読んでいた。

「先生、罰当たりなことしないでくださいよ」

「罰当たりじゃない。青石先生の本を一緒に読んでいるんだ」

「そーですか」

「なんか冷たいね、狛江くん」

「先生のざっくり勘定なせいで、二十分歩かされたんで」

 じんわり浮いてきた額の汗を腕で拭うと、狛江は買ってきた花を青石の墓石に手向けた。

「……ダリアか」

「先生のことだから、花を買ってないだろうと思いまして」

「酷いなぁ、狛江くん。まあ、買ってないけどさ」

 ほら見ろ、という狛江の視線から逃れるように、小金澤は立ち上がると青石の墓に向き直った。

 狛江が線香をあげると、二人で並んで手を合わせる。

「先生、俺、先生を超えるミステリー作家になるよ。見守っててね」

 小金澤が小さく呟いたのを、狛江は聞こえていない振りをした。

 きっと小金澤なら、叶えられるような気がする。

 そうして、ドラマの報告も終えて帰る最中、狛江はバッグから手帳を取り出した。

「ところで先生、急な仕事なんですが」

「うん、なーに?」

「とある小説投稿サイトのキャラクターのPRです。

 『カタリィ・ノヴェル』と『リンドバーグ』というキャラクターを使って、四千文字内でファンタジーを書いてください」

「え? ねぇ、狛江くん。俺、青石先生のお墓に宣言してたの聞こえてたよね?」

「……はて、なんのことですかね」

「いや、俺ミステリー作家だよ? なんでファンタジーの依頼なんて受けたの? ねぇ、狛江くん聞こえてる? おーい?」

 狛江は聞こえていないと言わんばかりに、歩くスピードを上げる。

「ほら、早く帰りますよ。小説が先生を待ってます」





おわり

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たくさんのありがとうを込めて。 美澄 そら @sora_msm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ