日々是好日

新巻へもん

ずっとずっと

 うふふ。


 思わず笑みがこぼれる。ミキはでたらめな鼻歌を口ずさみながら、駅の階段を駆け上がる。かねてから一度行ってみたかったパンケーキのお店パステルに出かける途中だ。


 先日、バスの中でどれだけパステルのパンケーキが素晴らしいかヒロに力説した甲斐があったというものだ。その日、ヒロにサプライズでプレゼントをしたからという訳ではないだろうが、ヒロからお誘いが来た。二つ返事でOKする。


 待ち合わせは13時15分。時計を見ると長針が数字の1にかかろうというところだった。改札を出て辺りを見回すとヒロが柱のところでスマホを手にして立っているのが見える。ヒロがこんなに早く来ているなんて珍しい。遅刻こそしないものの、たいていはミキの方が待ち合わせ場所に来ていることが多かった。


 いたずら心を起こしてミキは柱の後ろに回り込んだ。普段はあまり見せない表情でスマホを睨んでいるのが気になったからだ。そっと近づき、背伸びをしてヒロの肩越しにスマホを見る。スマホの画面には可愛らしい女の子のイラストがあった。緑のベレーを被って、スカートの丈はかなり短い。


「お待たせ。何見てんの?」

「うわっ」

 ヒロは大慌てで振り返り、そこにミキの顔を見出して更に慌てた。

「ああ。ミキ」


「どうしたの? そんなに慌てて」

「急に声をかけられたらびっくりするだろ」

「びっくりするほど何を熱心に見てたの?」

「なんでもないよ」


 ミキはふーんという表情をして言った。

「えっちぃ画像でも見てたんでしょ?」

「そんなことはないよ」

「じゃあ、見せて」


 ヒロはスマホの画面を渋々ミキに向ける。

「これからデートだというのにこーんな女の子の絵を見てたんだ?」

「いや、だから、誤解だって」

「そっか。ヒロはこういう系が好きなのか」


 ヒロは脱力する。

「なあ、もう勘弁してくれよ」

「2次元でも浮気は浮気だぞ。こんな可愛いカノジョが居るのにヒロったら……」

 ミキはヨヨヨと泣きまねをする。


「だからさ、これはお題なんだってば」

「何? お題って」

 ヒロはカクヨムというサイトでお題に沿ったショートストーリーを書くコンテストが行われていることを説明する。


「で、これがそのサイトのイメージキャラクターで、二人が登場するという条件なんだ」

「リンドバーグとカタリィ・ノヴェル? こっちの変な鳥は?」

「フクロウをモデルにしたもので、その名もトリ」

「なんか安直ね」


「そうかな。それで、分かってもらえた?」

「うーん。それでも、女の子の方を見てたんだよね」

「偶然だってば」

「それで何かお話は浮かんだの?」

「難しいね。まあ、ミキが来るまでのヒマつぶしだから。さあ、行こう。30分に予約してあるから」


 少し歩いてパステルの前に着く。かなりの行列ができていた。このお店には男女ペア限定ということではないが、2名で予約できる席がある。通りに面した横並びのベンチシートが3つ。2つが塞がっていた。ヒロが名前を告げると空いていた一つに案内される。

 

「予約ありがとね。前から来てみたかったんだけど、この行列でしょ。平日だというのにすごいよね」

「まあ、あれだけ言われれば、さすがの俺でも意味は分かる」

「でもさ、こんなお店に来るの平気?」


 名前の通りパステルカラーの内装のキャピキャピしたお店で、全体的に可愛いとしか言いようがない。お客さんもほとんどが女性で、隣のベンチシートの男性は目が泳いでいた。


「ミキと一緒なら」

 その返事を聞いて、ミキは嬉しそうな顔をする。横をチラリと見るがヒロの表情は至って普通だ。

「一人で入るのは罰ゲームだろうな」


 なーんだとミキはちょっとがっかりする。考えてみれば、ヒロがそんな歯の浮くようなセリフを言うわけがない。それでも、男性客ばかりのこってりしたラーメン屋に誘われたら即答で行くとは言えないことを思えば、とミキは気を取り直す。


 お待たせしました、の声と共にスペシャルパンケーキホイップダブルが運ばれてきた。3層のパンケーキの上にはカロリーの塊がうず高く鎮座している。ホイップクリームに添えてあるサワーチェリーがアクセント。このボリュームと味で飲み物がついて800円というのだから行列になるのも納得だ。


「確かにおいしいな」

 ヒロがパンケーキを口に入れてつぶやく。

「でしょ?」

「ああ。なんでも試してみるもんだな。ミキに言われなきゃ知らないままだったよ」


 ミキは、その後ろに省略された言葉を心で聞き取ることができた。言葉に出さなきゃ分からないこともあるけど、今ので十分に気持ちは伝わる。もう一口パンケーキを口に入れたヒロの頬にホイップがくっついた。ちょっとためらった後で、ミキは指でそれをすくうと素早くそれを自分の口に入れる。


 えっ、という顔をするヒロをそのままに、ミキは正面に向き直ると自分のパンケーキにナイフを入れ、パンケーキを口に運ぶ。

「本当においしいねえ」

 


 


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