小説を紡ぐ

 カメラのシャッターを切るように、左目で相手の心を覗く。サファイアのようなカケラが見える。そのカケラはその人の大切な思い出という宝物。僕はその宝物を丁寧に取り出して、一遍の小説を紡ぐんだ――。


 僕、カタリィ・ノヴェルは小説探しの旅に出ていた。いつまでもカクヨムのバーチャルオフィスに居座ってはいられない。人々が忙殺されて物語のカケラを壊してしまう前に小説を紡がなくちゃ。


「この大変な時に何をぼーっとしてるんですか?」突然ケータイが震えた。取り出してみると画面にすました表情のバーグさんが写っていた。「別にぼーっとなんてしてないさ」僕は少しムッとして答えた。


 トリからの情報でやってきたのは、日本の渋谷というガヤガヤした街だ。その昔、谷だったのだろうと思われる、坂道の下のガードレールに腰掛けて、僕は辺りを見回し……、確かにぼーっとしていた。


 この街は、ひっくり返したおもちゃ箱みたいだ。カラフルな全身タイツの男や、僕のと少し似ているセーラー服の女の子、何かのヒーローみたいな格好をした人たちがたくさん歩き回っている。時には写真を撮らせてあげたり。今日は何かのお祭りなのかな。


 目がチカチカする喧騒の中で、真っ赤なサンタクロースの格好をしたお爺さん(おじさん)が目に入った。「何か気になるな」勝手に口から言葉が出ていた。「見つけたんですか? カタリ。早く話しかけに行きましょう」バーグさんが騒ぎ立てる。全く、勝手についてきて困ったもんだ。


 バーグさんこと、リンドバーグとはバーチャルオフィスで出会った。最初の印象はお互いに良くなかったが、僕の使命を説明すると手伝うと言って聞かず、僕の小説探しの旅にもこうしてケータイアプリとして同行してくれている。正直言うと、一人旅は寂しかったから一緒にいてくれてありがたいと思っているんだ。もう少し静かにしていてくれたら、もっと嬉しいんだけど。


 僕はさっきのサンタクロースに詠目ヨメを使ってみた。彼は依然として真っ赤なサンタクロースのままだった。でも、何か気になる。「何か見えましたか? カタリ! あーあー、オウトウシテクダサイ」


「やだ、変なアプリ使ってる子がいるよー!」僕の目の前をコスプレした女の子の集団が笑いながら通り過ぎていった。女の子のクスクス笑いは苦手だ。「バーグさん、うるさい」僕は不機嫌に言った。「カタリが無視するからです。私は何一つ悪いことなんてしてないです。」この、カタブツAIが。


 すると、サンタクロースが動きを見せた。おもむろに背中にしょっていた袋をおろし、さっきのクスクス笑いの女の子達にプレゼントを渡しだした。


「えー? いいのー? 今日クリスマスじゃないのに!」女の子のたちは笑いながらも受け取っている。小さな袋に入れられたプレゼントの中身はお菓子のようだ。一人が中身を開け、安心したのか、戸惑っていた他の女の子達も「ありがとー」と軽く言いながらプレゼントを受け取っていく。


「ん? なんかこれ固いよ?」ある女の子がそう言った。


「えっ! ティファニーのネックレスなんだけど! えっえっ! なにこれもらっていいの!?」

 女の子は幸運のチャームがついたシルバーのネックレスを手に持っていた。


「君のは、当たりだよ」

(君は今日、誕生日だろう)


 さっきの詠目ヨメの力が残っていた。サンタクロースの心の声が聞こえる。


「よかったね」

(お誕生日おめでとう)


 サンタクロースはそれだけ言い残して人混みの中に消えていく。「まじ? すこいじゃん!」騒ぐ女の子達を横目に僕はサンタクロースを追いかけた。暗い自転車置場の手すりにサンタクロースは腰掛け、泣いていた。


 僕はもう一度、詠目ヨメを使った。


 真実が見える。サンタクロースは彼女の実の父親だった。二十年前、突然、付き合っていた彼女に振られた。何度も別れを拒否し、頼み込んでも、彼女は別れるの一点張りだった。好きな人ができたからと、それしか言わなかった。そんな彼女の嘘がわかったのはつい最近だ。

 仕事で渋谷に来ていた時に彼女にそっくりな少女を見かけた。自分は何をしているんだと思いつつも、追いかけずにはいられなかった。少女をつけてたどり着いた場所は、紛れもない彼女の実家だった。だが、そこに彼女はいなかった。

 少女のいない時間帯を見計らって家に行き、彼女の両親から話を聞いた。

 あの頃彼女は、不治の病を発症していた。そして、身籠ってもいた。彼女は男に負担をかけまいと、別れを切り出し、内緒で出産した。娘は無事に産まれたが、病気で弱っていた彼女の身体はもたなかった。

 最愛の人だった。男はその後何人かと付き合ったが、どれも長くは続かなかった。彼女を忘れたことはなかったが、何も知らずに今日まで生きてきた自分に、娘と合わせる顔はない。彼女の両親からも「両親は他界したことにしているから」と、釘をさされた。

 だがどうか、幸せになってほしい。その思いから、彼女の前に誕生日プレゼントを持って現れたのだ。


「なるほど、そういうことか」

 僕は一粒の涙をこぼしながら呟いた。手にはいつの間にか一遍の小説が握られている。

「よかったですね、カタリ。あれ? 泣いてるんですか?」

「……バーグさん、うるさい」

 僕は小説を大切に鞄にしまい、涙をふいて歩き出した。次の物語のカケラを求めて――。

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カタリとバーグ しゅりぐるま @syuriguruma

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