至高の一遍

 僕がその少女と出会った時、僕は一遍の小説を読んで泣いていた――。


 ここはカクヨムが作ったバーチャルオフィス。物質としては存在しない、仮想空間だ。僕は赤、白、青と様々な色のコードを身体につけて、この世界に意識だけ接続シンクしている。なぜそんなことをしているかって、それが僕の使命だからさ。


 僕の名前はカタリィ・ノヴェル。みんなにはカタリって呼ばれてる。ある日、フクロウみたいな謎のトリに「詠み人」として選ばれ、世界中の物語を救うことになった。物語を救う――それは誰しもが心の中に持っている、その人だけの人生ストーリーを一遍の小説にし、必要な人の元へ届けることだ。それらは少し前までは人々自身の手によって成されていた。大昔は絵で、文字が発明されてからは物語として。だけど今を生きる現代人には物語を紡ぐ時間がないらしい。物語を紡ぐことをしなくなったどころか、彼らは人生ストーリーを溜め込みすぎて、物語そのものを忙殺してしまうようになった。そこで僕の登場ってわけ。


 僕は最初、世界を飛び回って小説づくりに明け暮れた。僕一人じゃ、到底世界中のみんなが物語を忙殺するスピードに追いつけない(だって僕は地図が苦手なんだ)。そんな絶望を感じ始めた時、世界中の人々の心を救う究極の物語『至高の一篇』がどこかに存在すると知った。いや、正確には、今はまだ存在していないと言うべきだ。そう――その小説はこれから紡ぎ出されるのだ、カクヨム作者さん達が成長することによって――。


 人々から紡ぎ出される小説はどれもこれも深い。読んで泣いてしまうこともしばしばだ。そんな小説を、物語を紡ぐことが好きなカクヨム作者さんに届ける。人の人生ストーリーを詠むことは、その人の体験をそっくりそのまま経験するということだ。そうして経験を深めたカクヨム作者さんの手から、『至高の一遍』が紡ぎ出される。


 僕はさっそくカクヨムに出向き、事情を伝えた。カクヨムの人たちはその伝説や僕のことまで知っていたので話が早かった。そういうわけで、僕はこのバーチャルオフィスにシンクすることになった。人から小説を紡ぐことは詠目ヨメの力でできるけど、僕の苦手な配達が、ここではメール一本で完了するのだから、とても助かる。それにここにはコーヒーマシーンが置いてあって、紡いだ小説を詠む環境として最適なんだ。


 僕はいつもどおりコーヒーマシーンの近くに陣取って、ルビー色のコーヒーを片手に紡いだ小説を詠み、不覚にもまた涙していた。その時だ。見知らぬ女の子がおずおずと「あのー、どちら様ですか? こんなところで何を?」と尋ねてきたのは。


 それが彼女――カクヨム作者さん達を応援することを仕事とするAI、リンドバーグとの出会いだった。

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