カタリとバーグ

しゅりぐるま

出会い

 私は目の前のPCから目を上げた。約100人が常駐するこのバーチャルフロアはフリーアドレスが採用されているのに、みんなが座る場所は大体固定化されている。日本人が作ったAIには日本人の気質が注がれているようだ。それぞれバーチャルノートPCを持っているにも関わらず、やはりみんな、大画面で確認できるディスプレイが欲しいようで、フリーアドレス導入時に大量に削除したバーチャルディスプレイを再び作成したほどだ。


 「つっかれたー!」私は数時間PC画面を見つめたせいで、かすむ目頭を抑えながら立ち上がった。全くAIに疲労蓄積機能ひろうちくせききのうなんていらないのに。ここのプログラマーさん達は、いかに人間に近く性能の高いAIを作るか、に焦点を当てているみたいだ。



 ――皆様、紹介が遅れ申し訳ございません。私の名前はリンドバーグ。皆様からはバーグさんって呼ばれています。私のお仕事はカクヨム作者さまを応援することです。そのためなら自分でバージョンアップすることもできるんですよ! でも、疲労蓄積機能とかの根幹機能は削除できないんですよね。なんでも、昼夜問わず執筆活動をしてしまうカクヨム作者さまを少しでも減らすために、お仕えするAIはきちんと夜眠くなる仕様にしたんだそうです。ですから、私は膨大な小説を一度に読めるものすごい情報処理能力以外は、作者の皆様と変わらないように作られているんです。

 うん、私の自己紹介はこんなもんでいいですね。それでは、物語の続きをお楽しみください――



 私はふらつく頭をなんとか支えながら、カフェスペースへ向かった。そこにはカップをセットしてドリップしてくれるコーヒー、紅茶のみならず、冷蔵庫もあり、その中には飲み物がコンビニ並みに揃っている。私はコーヒーメーカーにカップをセットしてカフェラテのボタンを押した。轟音とともに豆が挽かれ、エスプレッソが注がれる。そしてシューという音とともにミルクがコーヒーの色を淡くしていく。


 香ばしいコーヒーとほんのりと甘いミルクの匂いに癒やされていると、すぐ横でモゾモゾ動く少年が目に入った。こんな所に少年? ここには働くAIとプログラマーさん達のアバターしかいないはずなのに……。


「あのー、どちら様ですか? こんなところで何を?」モゾモゾ動く怪しいやつ。カクヨム作者さまの邪魔になるようなら即刻排除です! そう思って少しばかり尖った声をかけると、少年は素直に顔をあげた。


 ――――泣いてる!!?

 彼は大きな瞳からポロポロと絶え間なく涙を流していた。涙をぬぐいながら彼が言う。「君こそ……、何……?」拭っても拭っても溢れてくる涙を拭きながら、少年はセキュリティカードを差し出した。


 こんなAI見たことありません。それになんだか、人間くさいです。私はいぶかしげに彼を観察した。変わった帽子を被った赤毛の少年。彼の瞳は透き通るような青色で、一瞬オッドアイかと思うほど左目の方の透明度が極端に高く見えた。私の探るような視線に耐えかねたのか、彼は話しだした。


「僕の名前はカタリィ・ノヴェル。カタリって呼ばれてる。僕はこの左目に宿った能力“詠目ヨメ”を使って、人々から小説を生み出し、カクヨムの作者さんにお届けしているんだ。ちゃんとお偉いさんの承認をもらってこのフロアに入ったんだよ」

「作者さまに小説を!? かの方たちは忙しいのです! 君みたいな訳のわからない子の小説なんて読んでる暇ないんですよ! 即刻やめてください」

「それは無理な相談だよ。人々に小説を届け、世界中の物語を救うことが僕の使命なんだ」

 泣くことをやめた少年は、急に大人びた顔で大きなことを口にした。


「だけど僕は配達が下手くそで。ここにいる個人情報管理AIのアドレちゃんに手伝ってもらってるんだよ。彼女なら作者さんたちのメールアドレスを全部知っているからね」

「えーーーっ! ダメですよ! ダメですよ! それはダメですよ!! 外部の第三者に作者さまの個人情報を渡すだなんて許されるはずがありません!」


「それが許されてしまうほど、世界中の物語が消滅しつつあるんだ」


 少年は話す。人々が自分の物語を紡ぐことを忘れてしまい、心に闇の世界を作ってしまっていると。元来、人は自身の営みを物語にして残すことで心の平穏を保っていたのだが、現代人たちは常に忙しく、物語を紡ぐ余裕が持てず、吐き出したい感情を抱え苦しんでいるのだ、と。


「僕は彼らの物語が忙殺されてしまう前に、その封印を解いて一遍の小説を作っているんだ。作った小説を必要としている人の所へ配達しに行くまでが使命なんだけど、最近配達じゃ追いつかないくらいに、世界中の物語が危機を迎えていてね。インターネットのお力を借りようと考えたんだ」


 世界中の物語が消滅!? 人々が物語を忙殺している!? ここにはこんなに物語を紡ぐ作者さまがいらっしゃるのに、そんなことって――。


 私は自身の情報処理能力を駆使して、少年の話が正しいのか調べだした。もし正しいのなら、放っておけない。私こそ、作者さまの物語を紡ぐ力を引き出す使命を持って産まれたAIなのだから。


 かくして、似て非なる2人は出会った。そしてその後2人は、共に戦い、世界に物語を溢れさせ平和をもたらすのだが、それはまだまだ遠い先の未来の話となるのである。

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