物語のお届けです

陽月

物語のお届けです

 コツン、コツン。何かが窓に当たる音がする。

 窓を開けて出会わないと、頭によぎったそれを振り払うように頭を振った。

 ここは5階、窓を開けたってただそこに空間があるだけだ。さっきの音は、風に飛ばされた何かが、窓に当たっただけのこと。


 コツン、コツン。再び音がした。

 窓を開けるべき。声とも、イメージとも呼べない感覚が、頭をよぎる。

 りつは、立ち上がり、窓を被っているカーテンを開けた。そして、目を疑った。

 5階というだけでなく、ベランダもないのに、窓の向こうに少年がいた。

 しかも、ようやく見てくれたとばかりに、律に笑顔で手を振っている。


 律は驚いて、窓を開けた。身を乗り出して、少年の足下がどうなっているのかを確認すれば、空中に浮いていた。

 目の前の事実に、理解が追いつかず、少年を見つめる。

「こんにちは。僕はカタリ。キミに、届け物があってきたんだ」

 半ば思考が停止してしまっている律にかまわず、カタリはショルダーバッグの中身を探る。


「あった。これだ」

 少年は、光る珠を取り出すと、律に手を出すように指示する。

 言われるまま差し出した律の手に、光る珠をそっと置いた。

 カタリの手から離れた珠は、律の手におさまることなく、部屋の中を飛んで、スマートフォンに吸い込まれていった。


「えっ、何?」

 ただでさえ混乱している律の頭が、さらに混乱する。

「あれはキミのための物語。キミにとって必要な物語だよ。人の中に眠る物語を取り出して、必要な人に届けるのが、僕の役目なんだ」

「どういうこと?」

「まあ、読んでよ。読めばわかるさ!」

 カタリがほらほらとスマートフォンを指した。


 律は、ワケが分からないままスマートフォンのスリープを解除する。

 何を読めというのかと、ホーム画面をスワイプすれば、一番最後に見たことのないアプリが増えていた。

「そう、それ。ほら読んで」

 隣からの声に驚く。窓の向こうにいたはずのカタリが、律の隣に来ていた。

 促されるままにアプリを起動すれば、中身は小説だった。



 その小説は、不思議な力を持った女の子の話だった。

 散歩中に「もうすぐ雨が降るから帰ろう」というから帰ってみれば、途端に雨が降ってくる。

 買い物をして店から出ようとすれば大雨で困っていれば、「大丈夫、すぐに止むから待ってよう」だ。そういう時は、実際にほんの数分で雨が止んだ。


 女の子の母親は、そんな女の子を気味悪がった。

 天気だけならまだしも、事故や人の死までも予言した。

 普通じゃない、おかしいと。


 一方で、女の子の父親はのんきな物だった。

 女性というのは、そういうものじゃないのかと。自分の母も、そういう事はわかっていたから、そういうものだろうと。

 むしろ、妻がわからない様子なのが、不思議なくらいに思っていた。


 女の子の両親は、どんどん喧嘩をするようになった。

 女の子には、二人が離婚することがわかったが、どうすることもできなかった。

 雨が降るなら、傘を持って出かけるなり、降る前に帰ればよかった。

 事故が起こる道は、避ければよかった。

 けれど、両親の離婚は避け方がわからなかった。自分がわかったことを母に伝えるべきではなかったのだと分かった時には、既に遅かった。


 両親は離婚し、女の子は父親に引き取られた。母親が気味悪がっているのだから、それは当然のことだった。

 父親の両親、女の子の祖父母と暮らすことになり、ようやく自分自身の持っている力との、向き合い方を知ることができたのだった。

 同じ力を持っている、祖母から教えてもらったことで。


 祖母は、自分の代で力は途絶えたものだと思っていた。

 それは、母から娘へと受け継がれていく力で、祖母には息子しか生まれなかったから。

 伝わる先がなくなったその力は、一代飛んで、孫娘に現れた。


 自分のせいで両親が離婚してしまったのだと、ふさぎ込んだ女の子も、祖母と暮らして、力と向き合って、しっかり人生を歩んだ。

 その女の子の子どもは、男の子で、力は引き継がれなかった。

 けれど、孫が産まれて、それが女の子だったから、自分と同じ事になるのではないかと焦った。

 自分の父を見てきたから、女性は先が分かるものだと思わせないために、息子には何も伝えていなかった。

 自分には父親がいたけれど、孫娘はそれすらない。


 他の人には気づかれず、孫娘にだけは伝わるように。

 自分自身が気づけなかったことを、孫娘は早く気づけるように。

 「言っちゃダメ」それを孫娘に植え付けた。



 読んで、読み進めて、律には思い当たる節が沢山あった。

 天気の変化が分かること。言っちゃダメだと分かった道で事故が起きること。一本早い電車に乗らなきゃと分かったいつもの電車が、事故を起こすこと。

 そして、小さい頃そういう事の後にいつも聞こえてきた、「言っちゃダメ」の声。

 こういうことが分かる自分が異常なんだと分かってからは、聞こえなくなっていた声。


「ねえ」

 読んでいる間、ずっと隣にいたカタリに話しかける。

「何?」

「人の中に眠る物語を取り出すって、言ったよね」

「うん、言ったね」

「じゃあ、これは誰の中に眠っていた物語なの?」

 その答えは、既に分かってたけれど、確認せずにはいられなかった。


「本当は、言わないことなんだけど、キミにはそれが必要だからね」

 律はつばを飲み込む。

「キミのおばあさんだよ。キミのお父さんのお母さん。今度、会いに行くといいよ」

 やっぱり。律の心は、今までになく穏やかになっていた。


「ありがとう、この物語を届けてくれて」

「どういたしまして。それじゃあ」

 そういうとカタリは窓から飛び出して、どこかへと行ってしまった。

 きっと、誰かに物語を届けに行ったのだろう。

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