迷子の配達人カタリ&アポなし訪問バーグさん

桜森湧水

第1話

 山深い森の中でしゃがみこんだカタリは、地図を広げて首を傾げた。

(おかしい。海に向かっていたはずなのにどんどん標高が高くなっているぞ?)

 この少年、座右の銘は『読めばわかるさ!』にも関わらず、地図が読めない。

 極度の方向オンチなのだ。

 険しい表情で地図と格闘している彼の背に、声がかかった。

「どうしたのですか?」

 若い女性だ。リンと名乗った。

 曰く、近くの山村に住んでいるのだとか。

「この地図、この辺りのものじゃないですよ?」

「え? そうなんですか?」

「ほら、ウォール街って書いてあります」

「ここがそのなんとか街じゃないんですか?」

「いや、その……」

 

 日が傾きかけていたので、下山は翌日にしたほうがいい。

 そう諭されたカタリは山村に案内された。

 リンは父親とふたりで暮らしていた。

「恐らく、あんたの目的地はこの山を下りて半日ほど南に向かった港町だろう。朝一に出発すれば暗くなる前には辿り着けるだろうて」

 リンの父親が言った。

「南って箸を持つ方ですか?」

 カタリの疑問に、食卓は沈黙に包まれた。

「……ま、まぁ。山を下りるまではわしが付いて行ってやるから」


 食事が済むと、リンがカタリに話しかけた。

「カタリは配達をしているのよね? だったら、ひとつお願いがあるのだけど」

「僕に出来ることなら喜んで!」

「ありがとう。じゃあ手紙を届けて欲しいの」

「お安い御用だ! ちなみに、相手はどんな人?」

「幼馴染なの。彼はすっごく頭が良くて、作家を目指してこの村を出て行ったんだ。でも、最近連絡が来なくて心配なの」

「わかった! じゃあ手紙を預かるね!」

「あ、ごめんなさい。手紙は今から書くの……。久しぶりだから上手く書けるか心配だけど、明日の朝までには仕上げるから」

 そう言って寝室に戻ろうとしたリンを、カタリは引き留めた。

「よかったら、君の気持ちを物語にしてみないかい?」

「え? それはどういう意味?」


 カタリは自身が持つ、特別な能力を説明した。

 それは「詠目ヨメ」と呼ばれる。

 人々の心の中に封印されている物語を見通し、一篇の小説にするチカラだ。


「すごい……。でも、彼に見せられるような小説が出来るのかしら……」

「大丈夫。君の物語を必要としている人は必ずいるよ」

 カタリが優しく囁くと、リンは決意の眼差しを向けた。

「わかったわ。カタリ、お願い。私の中にある物語を小説にして!」

 その言葉に反応するように、カタリの左目が青く光った。

 世界中の物語を救う使命を帯びた「詠み人」が、ゆっくりと頷く。

「聞かせてよ、君の物語を」


 

 



 一か月後。

 白い雲を背にトリが飛ぶ。

 そこは地中海に面した港町。

 若い男が今日も自室でパソコンを睨んでいた。

 潮騒を打ち消すように、う~ん、う~んと呻き声を上げている。

 ディスプレイにはテキストが記述されていた。

 コンテストに応募するための原稿を書かなくてはならない。

 だが、筆が進まない。

 毎日更新すると誓ったはずなのに……。

 ピンポーン♪ とチャイムが鳴った。

 郵便か? なにか注文していたっけ? などと考えながら、男は玄関扉を開けた。


「作者様! 初めまして! お手伝いAIのリンドバーグです!」

 タブレット端末を持った笑顔の少女がいた。

「え? どちら様ですか?」

 戸惑う男に、リンドバーグはずずいっと顔を寄せた。

 思わず、男は後退りする。

「私はカクヨム内の作家のサポートや応援・支援を行うために生み出されたお手伝いAIです。作家のヤル気向上を狙って作られ、その可愛さやひたむきに作家を支えてくれる姿勢が高評価を得て、カクヨム内の作家人口増加に繋がる働きをしています」

 自分でとかとか言うのか、と心の内で男は思った。

 その時、少女の笑顔は急に真顔になって言った。

「今日は更新しないのですか? 毎日更新するって言ったのに?」

 男は肝を冷やした。

 わかっているのだ。

 書かなければ!

 だが、ここ最近、筆が乗らない。

「ちょっと作品を拝見しますね」

 そう言うや否や、リンドバーグはずかずかと部屋に上がり込んで、パソコンの画面を見た。

 今日の更新分、執筆途中の原稿を読み始めた。

「ちょっと、勝手に見ないでくださいよ!」

 男の制止など気にも留めない様子でリンドバーグは読み続ける。

 テキストを追う視線が、ある部分で険しくなった。

「どうしてここで女の子が全裸になるんですか?」

 疑問を口にした。彼女は真顔である。

「いや、それは……その……すみません。つい出来心で…………書き直します」

「え? 書き直す? 別に書き直せなんて言ってません。どうしてなのか教えてください」

 あくまで説明を求める。

 顔を真っ赤にした作者は少し泣いた。

 その時、バタン! と大きな音がした。

 作者とリンドバーグは玄関を見た。

「こんにちはー! お届け物でーす!」

 溌剌とした少年の声が響いた。

「失礼しまーす!」

 そう言って配達人の少年、カタリは部屋に上がり込んだ。

 作者の顔を見て、にっこりと微笑む。

「ラウさんですか?」

「はい、そうですが」

「山村のリンさんからお届け物です」

「え!? リンから!?」

 幼馴染の名前を聞いたラウは先ほどまでの羞恥心を忘れ、目を丸くした。

 カタリはショルダーバッグから一冊の本を取り出す。

「これはリンさんの心に封印されていた物語を小説にしたものです」

「リンが小説を書いたのですか?」

「少し違いますけど、似たようなものです。これはあなたのために紡がれた物語。手を触れれば、彼女の気持ちがわかるはずです」

「リンの気持ち……。大した作品を残せていない俺に、がっかりしているのでしょう」

 ラウは視線を落とした。

 そんな彼を励ますように、カタリは明るく言った。

「読めばわかるさ!」

 その言葉に顔を上げたラウは、本に手を伸ばした。

 すると、指先から文字が流れるようにして、幼馴染の少女と過ごした季節が脳裏に蘇る。


 山村の暮らしは決して楽ではなかった。

 だが、リンと一緒に遊んだり、大人たちの手伝いをするのは楽しかった。

 成長したふたりは、互いに異性として意識する。

 でも、兄妹のような関係から抜け出せない。

 もっと立派な大人の男になろうと思ったラウは、村を出て一旗揚げようと考えた。

 意気揚々と村を出ていくラウ。

 しかし、リンの頬は寂しさで濡れていた。

 彼女の涙にラウは気付かなかった。


「そうだ俺はリンに相応しい男になりたくて……」

 ラウの胸の内に情熱の火が灯る。

 俺の物語をリンに捧げたい。

 その時、それまで黙っていたリンドバーグが口を挟んだ。

「作者様、今日はもう書かれないのですか? 今後もこのペースなら、スケジュールを見直したほうがよろしいかと」

「いや、リンドバーグさん! 書くよ! でも、スケジュールは見直しだ! 新作を書く! ひと月で仕上げるぞ!」

 ラウはパソコンの前に座り、新しい作品のプロットを作り始めた。

「作者様、私のことは『バーグさん』とお呼びください」

「うん、わかったよ! あ、あと、配達の人も、ありがとう!」

「どういたしまして!」

 

 そう答えながらカタリは、詠目のことをラウに話そうか一考した。

 しかし、夢中でキーボードを叩く男の後ろ姿を見て、黙っていることにした。

 彼は自分で物語を紡ぎ出す力がある。

 その物語はいずれきっと、彼女にも届くはずだ。

 

 部屋を出て行こうとした時、カタリはリンドバーグが笑顔を向けていることに気付いた。

 タブレット端末を片手に佇んでいるお手伝いAIがどんな気持ちなのか、カタリにはわからない。

 彼女に詠目を使ったらどんな物語が生まれるのだろう?

 そんなことを考えていると、リンドバーグが急に真顔になった。

「ジロジロみないでください。セクハラですか?」

「ち、違いますよ! 僕はこれで失礼しまっす!」


 逃げるようにカタリが部屋を飛び出した後、リンドバーグはいつもの顔に戻り、「ふふっ」と笑った。

 

 外へ出たカタリは港まで走った。

 なんだったんだろう、あの女の子……。

 などと考えつつ、リンの物語を無事に届けられたことを嬉しく感じていた。

(最初の予定よりも一か月遅れちゃったけど、まあ、いいよね!)

 そう自分に言い聞かせたあと、空が茜色に染まっていることに気付いた。

 暗くなっちゃう前に寝床を見つけないと!

 でも……、ここはどこだ?

 地図を広げ、しゃがみこんだ。

 首を傾げる。

 そこへ、誰かが声をかけた。

「こんなところでどうしたの?」

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