少年達は策を練る
「なんでアイラスが居ないんだ!!」
日が沈み、ロウソクの灯りだけが照らす室内で、力任せに机を叩きつけた。使い魔が出してくれたお茶が倒れたけれど、誰も気に留めなかった。
そしてロムの問いにも、誰も返事をしなかった。
重い空気の中でザラムがため息をついた。ため息をつきたいのはこっちだと、心の中で悪態を吐いた。
白い悪魔の知らせを受けて、文字通り飛んで戻ってきたのに、アイラスは一人で妖精の輪に入ってしまっていた。
残された痕跡によると、行き先はクロンメルとの事だった。
出てくるまでの間——丸一日程度らしいが——アイラスは現世には存在しないし追跡もできなかった。
「しかし、アイラスは何故、わざわざクロンメルに戻ったのじゃ? あやつなら、すぐにでも事を成そうなものじゃが」
「縁起でもない事、言わないでよ……」
事とはつまり、再び魔法を消す事。アイラスの魂が奪われる事を意味している。
その様子を想像して、ロムは背筋が寒くなった。
「それは……多分、頼んだ、から……」
「何? 何を頼んだの!?」
「よさんか。ザラムを責めても仕方あるまい。むしろ、お陰でアイラスの命が長らえたとも言えよう」
わかってる。そんな事はわかっている。それでも、八つ当たりせずにはいられなかった。
「オレ、悪い……。アイラス、止める、できなかった……」
「いや。寺の中なら気を抜いたとて責められぬ。白銀の結界までぶち破るとは思わなんだわ。して、何を頼んだのじゃ?」
「みんなの、記憶、戻す……」
「みんな……って? クロンメルの?」
「そう」
「では向こうに着いてすぐ、というわけでも無いのかのう……?」
「どうして、そう言えるの?」
「記憶を戻すにしても、魂を返すにしても、簡単な魔法ではない。あやつが持つ薬も残り少ない。二つを続けて成すのは厳しいであろう」
「だったら、すぐ追いかけようよ。俺達も妖精の輪で……」
今度はザラムが机を叩きつけた。そうして一言、絞り出すように呟いた。
「ダメ……!」
「……なんで?」
「妖精の輪は、人数が増えれば増えるほど時がかかるのじゃ。三人だと二日程度であろうな。丸一日もアイラスに与えては……」
「待ち伏せ、される……」
「アイラスは、わしらが追いかけてくるのを待っておるじゃろう。わしらの帰還を確認してから、あやつは……」
つまり、何の策も無しに追っても、何も伝えられずにアイラスを死なせてしまう。
涙がこぼれそうになって、歯を食いしばった。今は落ち込む時間も嘆く時間も惜しかった。考えろ。何か方法があるはずだ。
「一人ずつ、輪に入ったら? それなら、同じくらいで行けるんじゃ?」
「ロム、一人、無理」
「そうだけど……でも、例えば……トールだけ先に行くとかさ。トールはアイラスを支配する力があるんだよね? それで何とか止められない?」
「支配の力は魔法の力じゃ。言霊を聞かせるか見せるかせぬと効果はない。目を閉じ耳を塞がれたら終いじゃ」
いい案だと思ったのに、すぐに否定された。魔法使いじゃない自分が思いつく程度の事、二人はすでに考えていたのだろう。
目の前に壁があるように感じて、絶望的な気持ちで椅子に座り込んだ。
床のシミにすら嘲笑われている気がした。
「……それにのう、ロム」
優しい声が頭に響き、被害妄想から我に返った。
——どうして、今、そんな声が出せるんだ。
そう思って、半ば責める気持ちで顔を上げた。視界に入ってきた顔も、優しく微笑んでいた。
ずるいと思う。
止めたはずの涙が溢れそうになり、慌てて手の甲で拭い取った。
「わしは、アイラスを止められるのは、お主だけと思うておる」
「俺が……?」
「そうじゃ。お主の言葉が最もアイラスに響く。わしは、そう思う」
「……そうだとしても、今は……会う事すら、できないんだよ……」
目を固く閉じると、アイラスの顔が浮かんだ。黒髪の柔らかさを思い出した。
——失いたくない。もう一度触れたい。
念じるように強く願って、再び目を開けた。
「要は、アイラスに気付かれるより先に、アイラスを見付けられればいいんだよね?」
「気付かれずに、というのが難しいのう……」
「なんで?」
「わしとあやつには繋がりがある。今は途切れておるが、同じ刻の地に降り立てば、すぐにわかる」
「同じ刻って、どういう事?」
「昼か夜という意味じゃ。魔法は昼夜を跨げぬ。転移魔法で直接飛べぬのも、そのためなのじゃ」
「ちょっと……待って……」
何か、閃いた。気がする。
「夜の地へなら、飛べるの? 朝になる直前の夜でも、いいの……?」
トールとザラムが目を見開いた。見えないザラムの目まで大きくなったので、少し笑ってしまった。
同時に『コレ』は二人も思いつかなかったのだとわかった。
ロムは立ち上がって話を続けた。
「太陽は、東から登るよね? だったら、ここより東に行けば行くほど、朝が近い夜だよね?」
「その通りじゃ……! なぜ今まで気付かなんだのか……!」
「東、飛んで、夜明け、待つ……!」
「今のクロンメルは朝じゃ! 多少時間がかかったとて、日没までには間に合おう!」
「朝、なれば、飛べる! 輪、使わなくても……!」
絶望の夜に、希望の朝日が差し込んでいた。
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