皇帝

少年は皇帝に会う

 馬車は正門の前で停められた。門の向こうを覗いてみると、建物はまだ遥か彼方だった。




「馬車はここまでですか?」




 見習い武官が申し訳なさそうに頷いた。これ以上馬車で進むのは他の官の手前、印象が良くないからと説明してくれた。




「ご足労おかけいたします」

「大丈夫です。本当だったらここまでも、歩いてくるつもりでしたから」




 そう言っても彼は浮かない顔だった。こちらの方が申し訳ない気持ちになった。


 自分達は連絡もなしに訪れた部外者で、しかも彼から見て年下なのに、まるで貴人のように扱ってくれる。

 彼だけでなく今朝の翁もそうだった。いや、それどころか五親王府にいる全員がそうした態度だった。


 どうにもやりにくかった。そんなご身分じゃないと言いたい。言ったところで効果はなさそうだけれど。




 とにかく足を進めた。

 帝国の城はクロンメルやシンに比べて無駄に大きく、敷地は広かった。帝国は過去にも訪れた事があるけれど、塀の中に入るのは初めてだった。




 歩いても歩いても、遠く見える建物はなかなか近づかなかった。

 この広大さは権力の強さを表している気がした。そもそも領土自体も桁違いに広いのだから。

 そう考えると、また緊張してきた。




 歩みが鈍くなった事に、武官はすぐに気がついた。


「どうかされましたか?」

「あ、あの…… 俺達みたいな者が、本当にお会いしていいのかと……」


 とっさに情けない事を口走った。言ってから少し後悔した。あまりにも卑屈だった。




 恥ずかしくてうつむくと、武官の優しい声が聞こえた。


「大丈夫ですよ。この度の謁見は皇帝自らのご要望ですから」

「え? ホンジョウが頼んでくれたからじゃ……?」

「五親王は何もしていません。ただ皇帝に根掘り葉掘り聞かれ、それに答えただけです」




 言外に無能とほのめかしている気がして、驚いて顔を上げた。


 でも、彼の表情から侮蔑は感じられず、ただ苦笑しているだけのようだった。

 だからか、ロムの目にもホンジョウの様子が浮かんだ。面倒くさそうな顔まで鮮明に。

 同じように苦笑すると、少し心が和らいだ気がした。




 それより問題は皇帝だ。


「皇帝は俺達の事をご存知なんですか? もしかして昨日の……!?」

「ええ。でも心配は要りません。お怒りを買ったわけではありません。公的な紹介文もお持ちとの事ですし、国賓としてご接遇されるおつもりのようです」


 国賓て。それはそれで大袈裟すぎる。身に余る。




 躊躇していたら参りましょうと促され、半信半疑で足を進めた。

 歩きながら、また隣で笑う気配がした。




「ロム様は、お若いのに騎士の称号もお持ちだとか。もう少し、ご自身に自信を持たれて良いと思いますよ」


 何も言わなかったのに、自分の弱い部分を言い当てられた。余計に何も言えなくなってしまった。

 建物はようやく近くなっていた。






 ロム達は敷地の中央に位置する、一際大きな建物に案内された。

 許しを得るまで顔を上げてはいけないので、下を向いたまま広間に入った。


 帝国式の礼は知っていたけれど、知らない振りをして教えてもらっている。号令に従って膝を付き、三度叩頭して立ち上がる。これを三回繰り返す。


 本当に知らないアイラス達にも伝え、首を垂れて号令を待った。






 なかなか号令は来なかった。

 周りに何人もの官が居る。ホンジョウも居るはずだけど、確認はできなかった。


 無数の視線が刺さるように降り注がれていた。その場にいる全員が自分達に注目しているのがわかった。

 半年前の騎士叙任式を思い出したけれど、あの時は自分よりアドルの方が注目されていて、気が楽だったように思う。






 前方から誰かの咳払いが聞こえた。いよいよ号令かと思って身構えた。




「跪け!」

「よい」




 号令にかぶせるように、威厳のある声が響いた。その声には聞き覚えがあった。

 まさかと思って顔を上げそうになり、何とか思い留まった。動悸が激しくなっていた。




「は? し、しかし……」

「よいと言っている。我が国の儀礼を他国の者に強要せずともよい。頭を上げよ」




 そう言われても上げられなかった。もう間違いないと思っても、確認するのが怖かった。気のせいであって欲しいと願いながら、動けなかった。




「あっ」




 隣のアイラスが小さな声を上げた。すでに顔を上げているようだった。




 ——やっぱり。そうなんだ。




 観念して顔を上げた。玉座に座る皇帝は、口端を上げてロム達を見下ろしていた。憎らしいくらい楽しそうな顔をしていた。

 その人物は、昨日アイラスが殴ったその人だった。

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