少年は城へ向かう
「礼服なんぞ、持ってきておったのか?」
「うん。アドルがね、貴人に会うかもしれないならって。アイラスも白いワンピースを持って来てるはずだよ」
「……わしは持っておらぬぞ?」
「あるよ。トールとザラムの分も借りてきたから」
トールが急に立ち止まった。その背に、後ろをついて来ていたザラムがぶつかった。
直立不動のまま、トールはとても困惑していた。
彼の気持ちは想像できる。礼服なんて着た事がない、着たくないと言いたいのだと思う。
そうだろうと思っていたから、内緒で持ってきたのだけど。
「いいから、今は急いで!」
不満そうなトールの手を引き、荷物が置いてある寝室に向かった。
一人じゃ着れないんだろうなと想像すると、何だかおかしくて緊張した気持ちがほぐれてきた。
そう思うと、今度は自分自身に苦笑した。緊張していたんだと気がついたからだった。
大丈夫、きっと上手くいく。ホンジョウが上手く計らってくれたんだ。
自分にそう言い聞かせながら、寒い冬の廊下を走った。足取りは軽くなっていた。
トールの着替えをザラムと二人がかりで手伝い、アドルの文書を持って部屋の外に出た。
廊下には案内の武官と、先に着替えを済ませたアイラスが待っていた。
彼女は白いワンピースを着て、ピンクのコートを羽織っていた。可愛い。
目が合うと照れ臭くて、自分の格好に変なところがないか確認してしまった。
でもアイラスは、ロムを素通りしてトールに駆け寄った。目を輝かせていて、何だか面白くない。
「うわぁ、トール……」
「みなまで言うな……似合わぬ事はわかっておる……」
「そんな事ないヨ! とっても似合ってる! すっごく可愛い!」
いや、可愛いはどうなの? 思わず吹き出してトールに睨まれた。
アイラスの感想はともかく、トール用に借りてきた礼服は彼に似合っていると思った。首周りが毛皮で普段の服装に似ているし、落ち着いた色合いも栗色の髪に合っている。
実際に合わせる暇なんか無かったのに、アドルは服装のセンスも抜群なんだなと感心した。
「お仕度が終わりましたらこちらへ。馬車の用意ができております」
案内された先には、貴人が乗るような豪華な馬車が用意されていて、思わず二度見した。
辞退しようと思ったけれど、他の三人はさっさと乗り込んでしまった。
遠慮していると武官が御者席に登ったので、その隣に座った。
「風が冷たいですよ。中へどうぞ」
「ここがいいです。あなたともお話ししたいし」
「私とですか? しかし……」
「早く出して下さい。急いでるんでしょう?」
困ったような顔のまま、武官は手綱を軽く馬に当てた。馬の扱いに優しさを感じた。
馬車はゆっくりと進み始めた。そんなに速くはないけれど、アイラスを走らせるよりはいいと思いながら街並みを眺めた。
豪華な身なりの者、そうでない者が入り混じって往来していた。その顔の多くは穏やかだった。身分の差はあれど、下の者が飢えるような治世ではない。
まだ見ぬ皇帝だけど、暴君ではないと思う。資料の閲覧程度の申し出には、軽く応じてくれそうな気がした。
反対側、武官が座る方に顔を向けると、こちらを見ていた彼と目があった。話したいと言ったのは自分なのに、無言で街を眺めていたのは良くなかった。
でもそれは、中に入らないための口実で、特に話はない。話題を探しながら、とりあえず口を開いた。
「あ、あの……」
「はい、何でしょう?」
「あなたは、ホンジョウに仕える武官なんですよね?」
「違いますよ。武官を目指してはおりますが、まだ見習いです」
驚いたけれど、確かに若い。彼には相応の実力があると思うが、年齢の問題はあるのだろう。
武官見習いと言えば、今朝聞いたばかりのフーヘンの話を思いついた。
「では、フーヘン様をご存知ですか?」
「フーヘン……ですか? その者に、何かご用なのですか?」
「用というか……」
何と言うか迷った。自分の企みを正直に話すわけにはいかない。とりあえず、今朝の稽古で教えてもらった話をして、会ってみたい旨を説明した。
「なるほど……」
「ご存知ですか? 有名な方かと思ったのですが……」
今朝の翁にして見せたように、少し上目遣いで聞いてみた。一日のうちに二度も騙すような行為をして、少し心が痛んだ。
ロムの心を知ってか知らずか、武官……見習いの彼は、優しく微笑んでうなずいた。
「ええ、存じております。明朝も稽古をなさるなら、訪ねるよう伝えておきましょう。早朝なら時間も空いていると思いますので」
心の中でだけ、ほくそ笑んだ。表面上は、嬉しそうに見えるよう笑顔を作り、彼に精一杯のお礼を言った。
早くも皇帝に謁見するのだから、上手くいけば裏工作は必要ないかもしれない。
それでも、アイラスのために失敗は許されない。だから、切り札は一つでも多く用意しておきたかった。
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