少年は戦略を立てた

「あの城には魔法の防御壁が張り巡らされている。そいつを破れば俺達の勝ちだ」


「……それだけ?」

「ああ、それだけだ」

「ソウルイーターの事、何もわかってないのに?」

「アイラスにはわかってる。トールが傀儡に掴まれた瞬間、城内の様子が見えたらしい。それをあいつも同時に見ているからな」


 理屈がわからなくて、レヴィとアイラスを交互に見た。トールに見えた映像が、なぜ彼女にも見えたんだろう。

 念話だとしても、アイラスは接触感応しかできないはずだ。あの時二人は離れていた。

 百歩譲って彼女に見えたなら、レヴィにも見えたのだろうか。




「レヴィも見た?」

「俺は見てねえよ。こいつらには『真の名』を通じて繋がりがある。だから瞬時に、お互いの感覚を共有できるんだ」

「なるほど……」

「詳しい話は省くが、あの壁を破りさえすれば、ソウルイーターは無力化できる。それで不死身の傀儡も止まるだろう」

「確かなの?」

「疑うのか?」

「ごめん、そうじゃないけど……」

「まあいい。俺達の仕事は、アイラスを壁の前まで無事に連れて行く事と、二つの魔法を安全に使わせる事だ」


 レヴィはそこで言葉を切った。どうすればいいか考えるよう、促されている気がした。




「二つの魔法っていうのは、防御壁を破る魔法と、ソウルイーターを無力化する魔法だよね?」

「そうだ」

「今アイラスが準備してるやつ? 途中まで言霊を書いて……ってやつ」

「予め用意できるのは、無力化の方だけだ」

「だったら、行ってから唱える形になるの?」

「そうだ。長えぞ」


 なぜ長いの? と聞きかけてやめた。レヴィはさっきから言葉が少ない。必要な情報だけ選んで伝えてくれている。

 実際、魔法の仕組みはどうでもいい。知りたいのは具体的な時間だけ。




「アイラス。壁を破るのに、どのくらいかかる?」

「エッ? えーっと……構成がわからないと、わからないケド……」

「最悪に面倒くさいのを想定したら?」

「あ、うーん……それなら……十五分、くらいかな……」


 意外と長かった。その間、ずっと言霊を唱え続けるんだろうか。

 集中力が保つのか心配になったけれど、シンの行事での祭詞奏上も同じくらいの時間だった気がする。

 というか、あれも言霊の一種だったんじゃないだろうか。ロムには、昔も今もさっぱりわからないのだけど。




「わかった。無力化の方は?」

「そっちは、ほとんど完成した状態で持っていくから、すぐだヨ」

「すぐって、何秒?」

「エ? えぇと……十秒、くらい?」


 十秒という時間は、傀儡の動きを考えると短いとは言えない。それだけあれば、少女の命を断つのは容易い。


 壁を破れば勝ちと言いつつ、二つの魔法を使わせると言ったレヴィの意図がわかった。





「傀儡は一体だけなんだよね?」

「私とレヴィは、そう思ってるヨ。複数居たら、私達にも追手がかかってただろうし……」

「わかった。二手に分かれよう。一人は傀儡を誘い出す囮に、もう一人はアイラスを連れて城に向かう」

「へえ? どっちがどっちに行くんだ?」


 考えながら、アイラスの傍にしゃがんだ。


「ごめん。ちょっと、トールを抱えてくれる?」


 アイラスは曖昧な顔で頷き、スケッチブックと炭を地面に下ろした。猫の姿のトールに向かい、彼をそっと抱き上げた。




「これでいいノ?」

「うん。ちょっと失礼」


 一言だけ断って、アイラスとトールをまとめて抱き上げた。小さな悲鳴をあげられたが、無視した。




 軽い。二人合わせても、大した重さじゃない。これならいける。




「レヴィが囮になって。俺はアイラスとトールを抱えて壁に向かうから」

「魔具はどうする?」

「それも俺が持つよ。傀儡はこれを狙っては来ない。囮になるレヴィより、俺が持ってた方が安全でしょ? ソウルイーター本体のための道具なんだから、城に入るまで使わないし」

「正解だ。……そろそろアイラスを降ろしてやれよ。真っ赤になってんぞ?」

「……あっ、ゴメン……」




 そっと地面に降ろすと、アイラスはトールを毛皮の上に横たえた。そして、不満そうな顔で呟いた。


「自分で歩けるヨ……」

「そうじゃなくて、出来るだけ音を立てない方がいいから。それとも、忍び足できる?」

「できる……」

「え、そう? ……ホントに?」

「……わけないでしょ!」


 全身から怒りを発しながら、アイラスはしゃがみ込んだ。必要な事だったのだから、そんなに怒らなくてもいいのに。




 レヴィの忍び笑いが響いてきた。


「お前さ、もうちょっと乙女心を理解してやったらどうだ?」

「えぇ……?」

「まあいいや。出るのは同時か?」

「ううん、先にレヴィが行って」




 言いながら、枯れ草で隠した荷物から、地図と自分の皮袋を取り出した。


「俺はアイラスを、ここから一番近いところに連れて行くから」


 地図を広げ、かつて正門だったと思われる辺りを指差した。そこから反対側の縄張りの端まで指先を移動させた。


「レヴィは傀儡をこの辺まで誘導して。着いたら狼煙を上げてほしい」

「狼煙?」

「これだよ」


 今度は自分の皮袋から、花火式の狼煙と打竹を取り出した。


「こう……固定して、この紐に火をつけるんだ」


 根元の棒を地面に突き刺し、導火線を引っ張り出しながら説明した。


「そうしたら、先だけまっすぐ飛んでいく。笛のような音を立てながらね。火種は打竹に……うん。今朝入れたのが、まだ残ってる」

「おま……火種を荷物と一緒に入れてたのか?」

「外に熱は伝わらない作りになってるよ」

「よくこんなの準備してたな」

「俺は魔法が使えないし、レヴィも得意じゃないし。もしかしたら使うかなと思って、一応ね……」




 実のところ、本当に使うとは思っていなかった。トールが健在だったら、使う必要のない手段だったと思う。

 横たわる彼を改めて見た。


 この優しい獣は、ロムにとっては初めての友達……だと思う。彼と会ってから、人と自然に関われるようになった……と思う。意図せず、自分が変わったという実感があった。

 思えば、いつも助けれらてばかりだった。与えられるだけで、逆はなかった。




 ——絶対に、助ける。




 強い決意と共に、地面に刺した狼煙を引き抜いた。

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