少年は囮になった

「やめろおおおおお!!」




 叫びながら、右腕を狙って連続で短刀を振った。一撃目も、二撃目も、捉えられなかった。

 傀儡は興味を無くしたように、トールを投げ捨てた。外傷は見当たらないのに、受け身を取らない。胸がザワザワとした。気を失っているだけだと思いたかった。




「下がれロム!」


 レヴィの声で後ろに飛び退いた。入れ替わりに彼女が前に飛んだ。無数の剣筋が煌めき、傀儡がバラバラに吹き飛んだ。


「一旦引くぞ! アイラス、走れ!!」


 レヴィは剣を納めてトールを抱き上げた。周囲に散らばった傀儡の欠片は、早くも元に戻ろうと蠢いていた。




 間に合うのか。アイラスの背中はすでに遠くなっていたが、縄張りの外まで距離がある。元通りになった傀儡が追ってきたら、彼女の足ではすぐに追いつかれる。


 縄張りの外まで追ってこないとも限らない。今まで外で被害がなかったのは、逃げ切れなかっただけかもしれない。自分の予測の甘さを呪った。




 少し走って、アイラスの背中が近くなった。後ろを確認すると、立ち上がる傀儡が遠くに見えた。もう元の姿に戻っている。

 ゆっくりとこちらを向きを変え、一直線に向かってきた。速い。宙を浮いて、文字通り飛んで来ている。飛翔する者と地を走る者、どちらが速いかは火を見るより明らかだった。




 焦る気持ちで必死に考えた。

 強い力を遠隔操作するのは難しいと聞いている。自由に動かすなら力は弱くなり、強くしたいなら単純な動きしかできない。

 あの強さなら後者で、それなら襲う対象を選定する指標があるはずだ。


 最初はレヴィの持つ魔具を狙った。次はトール。




 ——魔力?




 先を行く二人は魔力が低い。トールは投げ捨てられたのだから、もう対象から外れているように思う。

 なぜ外れたのか、今は深く考えたくなかった。


 とにかく今、ロムの手にもう一つの魔具がある。魂を封じる容れ物と、アイラスの持つ魔法道具は、どれくらいの魔力を秘めているんだろう。


 試してみる価値はある。




 ロムは立ち止まって、傀儡を振り返った。かの者も動きを止めた。

 無視して素通りしなかった事に、ひとまず安堵した。




「ロム!?」

「アイラス、立ち止まらないで! 俺は大丈夫だから、先に逃げて!!」


 躊躇するアイラスを、レヴィが促す声が聞こえた。遠ざかる足音も。

 目の前の傀儡は動かない。苦し紛れの予想だったけど、当たっている可能性は高いように思えた。




「ついて来い……!」




 脇にそれて走り出すと、傀儡も後を追ってきた。思惑通りに事が進み、我知らず口端が上がった。




 別に命を賭けたわけじゃない。一人なら逃げ切る術はいくらでもある。幸いここは森の中で、地の利はある。身体の大きな傀儡より、小さな自分の方が動き回るには有利だった。


 木の生い茂る所を選んで走ると、傀儡は枝や茂みに引っかかり、自由に飛ぶことが出来なかった。

 引き離す事もできそうだが、目標を見失って引き返されても困る。時々立ち止まって、追いつくのを待つくらいの余裕があった。






 そろそろ良いかと思った瞬間、目の前が開けた。想定と違う景色が目の前に広がり、慌てて立ち止まった。


 そこは崖っぷちで、眼下に川が見えた。昨夜野営した河原に繋がる川だった。

 逃げやすい場所を選んで縦横無尽に走ったため、方向を見誤っていた。初歩的なミスに舌打ちした。




 後ろで茂みが動く音がした。傀儡がゆっくり姿を現した。

 崖を降りられなくはないが、相手は空を飛ぶ。悠長に崖に張り付いていたら、容易く仕留められてしまう。

 隙を見て、もう一度森に逃げ込むしかない。




 こいつを出し抜くなんて出来るのか。ロムの攻撃は、不意を突いた一撃目しか当たっていない。つまりそれは、傀儡の方が素早い事を意味する。


 仮に当たっても、すぐ再生される。レヴィのように細切れにでもしないと、時間稼ぎにすらならない。

 彼女と役割を代わって貰えばよかった。




 いや、そんな余裕はなかった。弱音を吐いている場合じゃない。『人狼』時代には、もっと危険な場面もあっただろう。


 過去を思い出して、神経を研ぎ澄ませた。

 傀儡の左手側に、やや隙間があいている。少し右に寄り、そこを抜ける機会を見計らった。我知らず足音を消していた。






 傀儡が右手を振りかぶって襲いかかってきた。

 だが、違和感があった。狙いが外れている。




 傀儡はロムを外して左の空間に、腕を振り下ろした。追撃を警戒して距離を取ったけれど、振り下ろした格好のまま動かなかった。

 理由はわからない。わからないけれど、急いで森の茂みに飛び込んだ。通り過ぎた直後、同じ茂みを揺らす音が聞こえた。

 今度は追ってくる。意味がわからない。


 頭の中で地図を思い浮かべ、川と廃城の位置から逃げるべき方向を割り出した。






 アイラス達が居るであろう位置から、90度外れた縄張りの外に出た。追ってくる音が途絶えたので、立ち止まって後ろを振り返った。

 傀儡が突っ立っていた。微動だにしない。


 しばらく立ち尽くした後、くるりと踵を返して去っていった。




 縄張りは確かにある。おそらく主は廃城に居て、これ以上離れると遠隔操作が出来なくなるのではないか。

 逃げ切れる確証を得て、ほっと胸を撫で下ろした。






 安心すると、トールの様子が心配になってきた。荷物を残してきた地点を目指して、縄張りの際を円を描くように移動した。

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