少年は遭遇した
「止まって」
アイラスとロムを乗せて、ゆっくり歩くトールの背中を叩いた。
今朝からは、アイラスを疲れさせてはいけないと、彼の背に乗って移動していた。彼女を支えるために一緒に乗っていて、自分まで楽をしているようで居心地が悪かった。
一人で乗らせると余計に消耗しそうだったので、仕方ないのだけど。
足が止まったのを確認して、先に飛び降りた。振り向いてアイラスに手を差し伸べる。本来の姿になったトールは、屈んでも背が高い。
「そろそろかの?」
「うん。見て」
人の姿になり、ロムより背が低いトールに見えるよう、脇に避けて行く先を指差した。
木々の間から崩れかけた城壁が見えている。距離はまだ数百メートルはありそうだが、そろそろ犠牲者が出た場所が近いはずだ。
廃城の反対側、そう遠くないところに村があり、その周辺で被害は出てない。ソウルイーターが人を襲うのは、根城と思われる廃城の周辺に限定されていた。
「この先、あの城に近づけば近づくほど、襲われる可能性が高いと思う。余計な荷物はここに置いて、警戒して進もう」
食糧や野営の道具をひとまとめにし、枯草で隠して身軽になった。
レヴィとロムは自身の武器と枝のような魔具だけ、トールは手ぶら。アイラスはスケッチブックを持ち、小さな皮袋を腰に下げていた。何を入れているか知らないけれど、魔法に関するものだと思う。
目的の魂を封じる容れ物は、レヴィかトールが持っているはずだ。そのあたりは任せてあるので、詳しいことは知らない。
でも今は、その必要が本当にあるのかすら、わからなくなっていた。
心の中に湧いた迷いを振り切るように、頭を横に振った。どっちにしろ、ソウルイーターを野放しにはできない。ここまで来たのだから、やる事はやらなければ。
「ここまで近付いても、城の内部は視えない?」
「無理じゃな。かなり高度な術式で守られておる。触れれば解除できるやもしれぬが……」
「やっぱり、魔法が使えるんだネ……」
アイラスが小さくため息をついた。
ソウルイーターは魂だけの存在で、魔法使いが死んだ時に、強い未練か特殊な魔法に縛られた魂が変貌して生まれると聞いている。
出来ることは、同じように浮遊する魂を取り込むことだけ。放っておいても害はないし、いずれどこかの魔法使いが浄化すると、取り込んだ魂ごとアールヴヘイムに送られるらしい。
そもそも魔法を使うためには、具体的なイメージと共に、言霊を発音するか文字に起こさなければならない。使い魔が姿を変えねば魔法が使えないのと同じで、どうあっても人の身体が必要だった。
「本当にソウルイーターなのか?」
「調査した魔法使いは、そう言っておったらしいがの……」
「身体の代わりになるモノ、何か持ってるのかな……」
「わかんねえな。とにかく行ってみねえことには……」
「とりあえず、道中に罠が無いかだけ確認してもらえないかな? 特に魔法トラップは、俺やレヴィは見逃しやすいから」
請われてトールは、目を閉じて何か呟いた。
しばらくして目を開けた彼は、大きく頷いた。
「大丈夫じゃ。不気味なくらい何もないわ」
「わかった、ありがとう」
深呼吸して、三人の顔を見渡した。
「とにかく正体がわからないから、事態も予想できない。ここは縄張り外だろうから、問題が起きたら戻ってこよう」
緊張して頷くアイラスに笑いかけた。守るから安心してというつもりだったけれど、目を逸らされた。
女の子って本当、何を考えているかわからない。ため息をつきながら、号令を出した。
「じゃあ、行こう!」
心配とは裏腹に、何事もなく廃城が近づいてきた。
半分くらい歩いたところで、レヴィが行く先を手で制した。
どうしたのか聞くまでもなかった。目の前、数メートル先に、茶色いローブの男が立っていた。フードを深く被り、顔は見えない。
接近を許した自分に腹が立った。気配はなく、足音、いや物音も一切聞こえなかった。
「ソウルイーター……じゃねえな? 実体が……魔法使いか?」
レヴィが呟くと同時に、男が一足飛びに近づいてきた。常人の動きではない。右腕が剣のように尖り、レヴィを貫いたかに見えた。
何かが砕ける音がした。
「レヴィ!!」
アイラスの悲痛な叫びを聞きながら、短刀を抜いて切り上げた。男の右腕を切り落としたが、手応えはなかった。左手で放った追撃は空振りした。
男は後ろに飛び退き、また元の位置に立っていた。
「気を付けろ! そいつ、人じゃねえ!」
「レヴィ! 大丈夫なノ?」
「大丈夫じゃねーよ! 魔具をやられた……狙ったのか? いや……」
レヴィが腰に差していた魔具が砕けていた。
粉々になった木切れが、切り落とした右腕に降り落ちていく。
それは、蠢いていた。
虫のように見えたそれは、枯れ葉や砂等の集合体だった。ザワザワと地面を這いずり、男の元へ戻っていった。
「傀儡じゃ!」
トールの叫びと同時に、今度は彼に向かって傀儡が飛んだ。
伸ばされた右腕が、トールの首を掴んで持ち上げた。苦しそうなそぶりは一瞬だけだった。
脳裏に、鮮明に蘇った。白い悪魔に貫かれた時の、トールの姿が。
吐きそうだった。
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