少年は夜中に話した

 夕食は、持ってきた携帯食とレヴィの作ったスープ。昼と同じなので、アイラスが飽きてないか、覗き見するように見た。


 彼女はトールを見ていた。視線に気付いた彼が振り返って、ふっと微笑んだ。それはとても優しくて。

 二人には自分の知らない絆があるのだと、改めて思い知った。




 嫉妬している自分に気が付いて、目を反らしてうなだれた。眼下には湯気が出ているスープがあった。

 レヴィは意外と料理が上手い。特に、彼女の作るスープは一段と美味しい。それはよく知っていても、なかなか食は進まなかった。




 自分の方を向いて欲しいわけじゃない。ただアイラスに、生きのびて欲しいだけ。自分の気持ちが届かなくても構わない。




 ——自分の、気持ち? どんな?




 自分で考えた事を、自分で怪訝に思った。顔を上げて、再びアイラスを見た。


 彼女はこちらを向いていた。怒られると思って、慌ててそっぽを向いたが、想像とは逆にアイラスの優しい声が聞こえた。




「ロム、どうしたノ?」

「え、えぇと……今晩の、見張りの順番を、考えてて……」

「見張り? 必要なノ?」

「一応、ね。盗賊が出るとは聞いてないけど、少なくとも、狼の群れは居るから」

「そっか……がんばるネ」




 頑張る? 見張りを? すぐに理解できず、ツッコミが遅れた。ロムより先にレヴィが、ため息混じりに口を開いた。


「お前はしなくていい。俺らで回す」

「え、でも、私だけ呑気に寝てるなんて……」

「そうじゃないよ。捕食者が群れなら、接近を早めに察知しなきゃいけない。出来ないでしょ?」

「ま、魔法で……」

「何を言うておる。お主の魔力で、常に警戒し続けるのは無理であろうが」


 全員に反対されて、アイラスは言い返せずに肩を落とした。




 こちらとしては、幼い彼女にそういった事は期待していなかった。

 もしかしたら、自分が少女という自覚がないのだろうか。身体は用意されたもので、記憶は埋め込まれたものと聞いている。どう扱っていいのか、よくわからなかった。


 だけど、アイラスには別の期待をしている。

 今回討伐するソウルイーターには不可解な点がある。不測の事態が起きた時、きっと彼女が役に立つ。そう言ったのはトールだった。

 彼女には豊富な魔法の知識があり、弱点は魔力の少なさだけ。それは補う作戦は、本人もトールもニーナまで考えていて、準備は抜かりない。




「俺達で出来る事は俺達がするから。アイラスは、アイラスにしか出来ない事のために、備えておいて」

「言ったであろう? お主は切り札じゃ。使わずに済むなら、それに越したことはない」


 そう言われ、アイラスは顔を上げた。彼女の、少し申し訳なさそうな笑顔を見ると、なんとなく安心した。そうして、ようやくスープに口をつける事ができた。






 最初の見張りには自分が立つ事にした。焚き火を絶やさぬよう気をつけながら、身を寄せ合って眠る三人をうかがった。


 目を向けると同時に、アイラスが起き上がった。目を擦り、ため息をついている。




「どうしたの? 眠れないの?」




 声をかけると、弾かれたように顔を上げた。その驚いた顔を見て、眠れないのではなく、今目覚めたのだとわかった。


「だ、大丈夫……。ちょっと……ヤな夢、見ただけだから…」

「話せる内容? 悪夢は口に出した方が、お祓いできるらしいよ」

「えっ、そうなノ?」

「うん。言い伝えっていうか、おまじないみたいな……」


 それを聞きながら、アイラスは身体を震わせていた。掛けられた毛皮は、彼女の膝の上に落ちている。


「寒いから、眠れなくても毛皮は被っておいてね」

「……私……」

「え?」




 アイラスが、ロムの目をまっすぐに見つめてきた。表情は穏やかで悲しそうだった。だから、それ以上聞けなかった。




 彼女は毛皮を掴んで立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。隣に座って、毛皮を自分の肩に掛けた。その間、ロムは何も言えなかった。


 それを知ってか知らずか、彼女はゆっくり優しい声で話し始めた。




「死んだ夢を、見たノ」

「大丈夫だよ。死なせないって言ったでしょ」

「そうじゃなくて……私二回、死んだ事があるノ」

「二回?」

「二回目は、ロムも見たでしょ?」

「トールと一緒に、眠ったようになってた時?」

「うん」

「一回目は?」

「始まりの、魔法使い。あの人ネ、一度死んでるノ。死んで、その魂がこの世界に来たノ。その記憶は、私の中にあるから……」




 この世界という言い方が引っ掛かった。それはまるで、他にも世界があるように聞こえた。

 それとも、常世であるアールヴヘイムから、現世に来たという意味だろうか。




「私から魂が抜けて、あの人に戻ったら、そうしたらやっと、生き返るノ。だから、悲しまなくて、いいんだヨ」


 トールから聞いた話とは、少し違う気がした。

 アイラスは死ぬのではなく、生き返るのだと言っている。それが自分の願いであるかのように。




 ロムはその疑問を、そのまま口にした。


「もし、アイラスから魂が抜けて、あの人が生き返ったら……アールヴヘイムに行けば、また会える?」

「……会えないヨ。元の世界に戻るから」




 元の世界って、どこなんだろう。常世でもない、別の世界。あの眠る女性が、元居た世界。




「それだけの事だから。……だから、悲しまないで」




 ——嫌だ。




 それだと自分が、いやトールも、アイラスに会えなくなる。それは、こちらの都合なんだろうか。彼女は、記憶の中にある、自分の世界に戻りたいんだろうか。




「ありがとう、ロム。ヤな夢の事、話したら、少し安心したヨ。今度はぐっすり寝られそう」

「……えっ、うん……どう、いたしまして……」




 アイラスは立ち上がり、即席で作った寝床に戻って行った。その背中を見送りながら、ロムは重苦しい気持ちになっていた。




 彼女は帰りたいんだ。きっとその別世界には、家族や友達も居るんだろう。

 トールはそれを知らないんだろうか。知っていたら、引き止めようとはしないだろう。




 明日、魂が見つかっても見つからなくても、みんなと話し合う必要があると思った。

 例え自分は辛くても、アイラスの希望は叶えたかった。

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