少年は面白くない

 ロム達の準備が全て終わっても、討伐には出かけられなかった。アイラスに合う魂が見つかった時のために、持ち帰る入れ物が必要らしい。それをニーナが作っている。完成するまでは急いでも意味がない。




「魔具は、まだできないノ?」

「あ、うん。まだ……らしいよ」


 そっちは本当は用意されている。というか、最初からニーナが持っていた。完成を待っているのは、ナントカ聖石とかいう魂の入れ物だけ。

 ロムには意味が判らなくて、名前もはっきり覚えていなかった。


 アイラスには秘密だから、多少の嘘をついている。もっとも、トールから筒抜けの可能性もあるのだけど。

 当の彼を見ると、居心地悪そうにしている。予想は当たっているんじゃないかと思った。彼にはあまり詳細を教えない方がいいのかなと、少し酷い事を考えたりもした。




「待ってる間に、被害が出たらどーすんのヨ……」


 アイラスが独り言のように呟いた。


 自分の未来も見えないのに、他人の心配をしているのかと驚いた。誰かを心配できるのは、自分に余裕がある時だけだと思う。




 そこまで考えて、自分自身を振り返った。

 以前は、生きるだけで精一杯だったように思う。人と関わるのは最低限。嫌われないように、頼まれた事だけ可もなく不可もなくこなしていた。自分から誰かのために動いたりはしなかった。


 いつからこんな風になったんだろう。

 今のロムは、何としてもアイラスを助けたいと思っていた。まだ知り合って間もないのに。

 どこからその気持ちが湧き上がってくるのか、自分でもよくわからなかった。




 そう思いながらしげしげと眺めていると、目が合って睨まれた。


「……何見てるノ!?」

「ご、ごめん。……絵はどう?」


 返事はなかった。横からそっとのぞき込むと、数日前に見た時とほとんど変わっていなかった。




 それはロムにとって嬉しい誤算だった。この絵が完成しない限り、彼女は再び自殺を企てたりは出来ないだろう。

 楔はもう一つあるけれど、トールがいつまでも誤魔化し続けられるとも思えない。絵の進捗が遅れている事は、喜ばしかった。




 アイラスが大きなため息をついた。

 ロムの思惑とは正反対に、彼女は困っている。喜んでいる自分に、少しだけ罪悪感を感じた。






「どうした? 何か上手くいかねえのか?」


 レヴィがアイラスに話しかけて、ロムは目を見張った。上手くいかない方がいいのだから、余計な手助けはしないでほしい。彼女だって、絵の完成が遅れた方がいいと知っているはずなのに。


 精一杯の不満を込めてレヴィを見たけれど、気づいているのかいないのか、完全に無視された。




「このペンダント……」


 アイラスが赤いペンダントを持ち上げた。

 酷く傷んでいる。宝石部分は綺麗だけれど、細工の施された金属部分が真っ黒で、銀が変色しているように見えた。


 ロムはそれに見覚えがあった。


 アイラスが発見された時、手荷物に入っていた。

 その時の彼女は、保護区の服を着ていた。到底見合わない高価な品に見え、記憶に残っていた。形見か何かだと思っていた。




「きったねえな。これを描こうとしてんのか?」

「ウン……元々の色や輝き……状態を知りたいノ……」


 違和感を感じた。それを知らないというのはおかしい。少なくとも、もらった時は綺麗だったろうに。元の持ち主が誰であろうと、銀細工の手入れくらい心得ているはずだ。


 よくよく眺めると、数十年は手入れされていないように見えた。発掘された骨董品と言われても疑わないレベルだ。




 不意に、アイラスが顔を向けてきた。ロムも見ていたので、視線が絡み合った。

 なぜ、このタイミングなのか。変に期待されてるような気がして、あわてて目をそらした。


 解決法を、レヴィは知らないようだった。ロムには一目でわかっていた。でも、わかっているという事実はバレてないはずだ。




「なんで、目をそらしたノ?」

「君だって、よく、そらすじゃん……」

「ロム。何かわかるなら、教えてやれよ」


 また余計な事を。抗議の意味を込めて、レヴィを見上げた。でも、また無視された。




「……わかるノ?」


 アイラスの声は、質問するようなそれではなく、教えなさいという威圧感があった。トールもレヴィも、助け船を出してはくれない。


「ロム、大丈夫じゃ。教えてやってくれ」


 逆に促された。レヴィも頷いていた。

 ここでやっと、二人には意思の疎通があるのかもと思った。


 トールが念話を遮断していたのは、秘密を守るためだ。今、その必要は薄くなっている。アイラスは魔力が低く、接触感応しかできないらしい。二人が念話を交わしていても、アイラスには感知できない。

 よくわからないけれど、絵は完成しても問題ないんだろうか。




 ロムは諦めて、ため息をついた。自分だけ除け者のような気がして、少し面白くなかった。


「……わかるよ」

「だったら、すぐ、教えてヨ!」

「だって……」

「何?」

「な、何でもないよ……」




 アイラスの厳しい視線と合わせないよう横を向いて、銀細工の手入れについて教えた。もう野となれ山となれという気持ちだった。

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