少年は疑いたくない
「どうして、そう思ったの?」
「今回の件で、一番の問題はね……」
アドルは一旦言葉を切り、ロムを見つめてきた。
「……怒らないで聞いてね?」
少し申し訳なさそうに、念を押された。意味がわからなくて、戸惑いながら頷いた。隣のザラムを見ると、表情が少し険しくなっている。
「一番の問題は……世界から、魔法が消える事だと思うんだ」
それはまるで、アイラスは重要じゃないと言われているようだった。
だから。だからアドルは、怒らないでと前置きしたのか。
不思議と怒りは起こらなかった。ただ悲しかった。理屈がわかる自分自身が、とても薄情に思えた。
アドルは慎重に言葉を選んでいた。
「この前も10日程、魔法が消えたでしょう? この街で被害は出なかったけれど、東の大陸では何人も亡くなったそうだよ。蛮族の中には、全員が魔法使いって一族もあると聞いているし……」
「……アイラスが死んだとしても、世界から見たら大した事じゃない……」
「ロム、僕は……」
言いかけたアドルを手で制した。
彼はアイラスの運命を、仕方ないと思う事はあっても、どうでもいいとは思わない。現に救う術があるとわかると、すぐに対策を講じてきた。彼の本質は理解しているつもりだ。
「大丈夫、わかってるから。続けて」
「う、うん。……えぇと。それなのに、ニーナ様も他の大人達も、あの子を救う方法ばかり考えている。変じゃない?」
「アドル、意外と、頭良い」
「意外は無いでしょー」
明るい声で抗議され、ザラムの表情も少し緩んだ。
だがアドルの方は、すぐに顔を引き締めた。
「あの子には、まだ秘密があると思うんだ。ニーナ様達が、最優先で対処すべき秘密がね。……ザラム、心当たりは無い?」
ピリッと空気が緊張した。アドルは強い目でザラムを見ていた。ロムも、その視線を追うように見た。
でも当の彼は、どこも見ていなかった。見えないのだから当たり前なのだけど、そうではなく、心ここに在らずといった感じだった。
しばらくして、ザラムはため息をついた。
「勘も、良い……」
「ザラム、何を知ってるの?」
「オレだけ、違う。魔法使い、みんな、知ってた」
「だから、その内容を知りたいんだけど……」
「魔法、無くなる事」
意味がわからなくて、アドルと顔を見合わせた。そんなの、自分達だって知っている。
そこまで考えて、ザラムの言い回しがおかしいと気がついた。
「知って、た……? 前から知ってたの? 魔法が無くなる事を?」
「そう。魔法、手に入れた時に」
「魔法使いになった時?」
「言霊と共に、わかる。いつか、消えると」
「じゃあ、魔法使いのみんなにとっては、来るべき時が来たって感じなの?」
「忘れてたヤツも、いるかも。でも、ニーナなら、対策、してる。……はず」
対策しているから問題ない。だから、アイラスの命を優先している。そう考えると辻褄は合った。
でもアドルは、まだ何か腑に落ちない顔をしていた。
トールとアイラスにも言えない秘密がある。ザラムと他の大人達も、何か隠しているんだろうか。その内容は等しいのだろうか。
疑いを持つのは嫌だった。少なくとも、気持ちだけは疑いたくなかった。
「アドル、もういいよ……。とにかく方針としては、予定通りに進めるんで、いいんだよね?」
「そう」
「ザラムはやっぱり、討伐に行かないの?」
「……もう……度と……切りたくな……」
「……え?」
よく聞き取れなかった。聞き返しても返事はない。顔は下を向いていて、さっきとは様子が違っていた。
「調べたい事、ある……」
「今回の事に関係してるの?」
「そう……オレも、助けたい子、居る」
「その子も、魔法が無くなると、どうにかなっちゃうの?」
ザラムは無言で頷いた。眉間にはシワが寄っていて、苦悩しているようだった。
彼は基本的に表情が乏しく、気持ちが顔に出るのは珍しい。苦しみの強さを表しているかに思えた。
「何か手伝える事は無い?」
「大丈夫。アイラスだけ、考えろ」
「僕、討伐には行けないから、手は空いているよ?」
「そうか……じゃあ、頼む」
「俺だけ除け者?」
「適材適所だよ」
アドルが笑うと、ザラムも少し微笑んだ。
その後は話もなく、寝室に戻って眠りについた。忙しくなったのは、翌日からだった。
各国への地縛霊捜索依頼は二つ返事で承諾され、即座に手続きが行われた。
ホークの方も、すぐにソウルイーターの詳細を持ってきた。
アイラスを見張る約束だったザラムは、アドルと外出する事が多くなった。
代わりにロムが、レヴィと交互にアイラスとトールを見守りつつ、討伐の準備を整えた。彼らにも同行をお願いすると、最初はアイラスが渋っていたが、何かを思いついたように承諾してくれた。
トールやザラムに聞いても、彼女の思惑はわからなかった。
「念話だと、嘘はつけないんじゃないの?」
「そうは言うても、考えを読めるわけではない……心を閉ざされたら、わしには伝わらぬ……」
「トールの考えは全部筒抜けっぽいよね? それなのに向こうのはわからないとか、かなり不利じゃない?」
呆れたように言った後、ふと気がついた。
「もしかして、俺と話してる内容も……?」
トールはバツが悪そうに頭をかいた。それは肯定を意味する。
「マジで? 勘弁してよ……何か言ってた?」
「無駄じゃと……」
「なんで?」
「あやつも同じ事を考え、世界中を捜したようじゃが、見つからなんだらしい」
「アイラスは館から出てないよね? 魔法で、そんな事までできるの?」
「わしも知らなんだ……あやつ、魔法の知識だけは無尽蔵じゃ」
「じゃあ、全部無駄なの……?」
「いや……ソウルイーターの中までは、調べられんかったようじゃ」
「嫌がってたのに行く気になったのは、可能性が見えたから?」
「どうじゃろうのう……あやつは相変わらず、未来を語ろうとはせぬ」
希望を見出したくないのかもしれない。信じてダメだった場合、絶望が強くなる。それを恐れて、最初から諦めているのか。
ロムにだって、絶対に見つかるとは言い切れない。それでも可能性を信じて、やるしかなかった。
部屋のドアが開き、アイラスとレヴィが戻ってきた。ロムと目が合うと、ツンと逸らされた。
この前の口移しの件は、事情を知ってか許してくれたけれど、相変わらず嫌われたままのような気がする。
「ロム、心配せずともアイラスは、お主を嫌ってはおらぬぞ? むしろ……」
「ちょ……ちょっと、トール! な、何、余計な事、言ってるノ!?」
アイラスが真っ赤な顔で抗議してきた。
「私、ロムなんか、大嫌いだから!」
「わ、わかってるよ……」
トールの言葉を信じないわけではないが、こんな剣幕で睨まれたら怯んでしまう。
ただ、好きの反対は嫌いではなく無関心。無関心ではないのだと、自分で自分を慰めておいた。
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