魂喰い

少年は役割を見つけた

 皆の注目が集まったのを確認して、ホークはゆっくりと頷いた。

 振る舞いが芸術家っぽい。それ系の教師だしなと思い、いや王者の振る舞いか? と考え直した。

 とにかく話を聞こう。




「実は、ソウルイーターの討伐依頼が来ていたんだよ」

「ソウルイーター……」


 東の大陸の言葉で、魂を喰らうという意味だ。物騒な名前だし、今は魂を捜そうとしているのだから、目的とは真逆ではないか。


 そう思ったけれど、ホークが無意味な提案をするとは考えにくい。ロムは彼の次の言葉を待った。




「討伐には魔法が必要でね。ニーナを頼って依頼してきたのだろうけど、白い悪魔でそれどころじゃなかったから、断っていたのさ。まだ討伐したとは聞いていないから、打診してみるよ」

「その……ソウルイーター? ……その討伐が、どう関係してくるんですか?」

「その名の通り、無数の魂を喰らっているんだよ。それらは吸収されたわけではない。内に取り込んでいるだけなんだ。殻を破れば取り戻せる……」

「その中から、アイラスに合う魂が見つかるかもしれないって事ですか?」




 ホークはにっこり笑って頷いた。


 こういう時の彼は、子供を大切にする親のような顔になる。その優しい目は、ロムにもずっと向けられていた。でも、長い間それに気付いていなかった。


 気付いたきっかけは何だったか。今すぐには思い出せなかった。




「いいじゃねえか」

「ええ、やりましょう。同行する魔法使いを決めないとね」


 ニーナのセリフを聞いて、ロムはがっかりした。結局は魔法使い。期待して損した。やっぱり自分では役に立てない。

 意気揚々と相談する大人達を、他人事のように見つめていた。




「それこそ、本人達に来て貰えばいいんじゃねえか?」

「そうだね。アイラスには真の目的を伏せて、被害を受けている周辺住民のため……とでも言っておけばいい」

「被害って、どういう事? アレは生者には無害ではなくて?」

「魂を集めるために、生きている者を殺し始めたんだよ」

「待って……それって、普通じゃ無いわよね?」

「その辺の調査を含めての依頼だよ」

「ミイラ取りがミイラになるような事はないでしょうね……?」

「もちろん、そこは十分に気をつけて……」




 不意にホークのセリフが途切れ、ロムを見つめてきた。ぼんやり眺めていたので、目がばっちり合った。




「何を他人事みたいな顔をしているんだい?」

「え? だって俺、魔法使いじゃないし……」

「何か勘違いしていないかな? 討伐自体は君が適任だよ」

「え? なぜですか? 実体があるんですか?」

「あると言えばある。無いと言えば無い」


 謎かけのような物言いに面倒くさくなった。そういうのいいから。

 ホークは楽しそうに笑っていたが、ロムは全然楽しくなかった。彼は人の反応を楽しんでいるんじゃないか。そう邪推してしまう。




「哲学じゃないんですから……わかりやすくお願いします」

「じゃあ詳細は省くけれど、存在する空間を特殊な魔具で斬る必要がある。動きが早いから、並の者では捕らえられない」


 そこでホークは言葉を切り、顔をのぞきこんできた。


「やる気が出たかい?」


 悔しいけど反論できない。笑顔のホークを睨みつけたけれど、ロムの心は踊っていた。




「ロム、お前……段々めんどくせえやつになってきたな。思春期か?」

「ほっといてよ……」

「まあいいじゃない。ホークはすぐに連絡を取って頂戴。確認が取れ次第、討伐に向いましょう」

「忙しくなるな」


 レヴィがだるそうに言ったけれど、忙しいというのはやるべき事があるという意味で、充実しているとも言える。


 何より、アイラスを救う道が見えてきた事、自分もその手助けが出来る事が、ロムにはとても嬉しかった。




「行くのはロムとザラムとレヴィと、あの二人で十分かしら。三人はいつでも出かけられるよう準備を……」

「オレ、行かない」


 ニーナのセリフを遮るように、ザラムが言い放った。強い否定の気持ちが込められていた。


「……え、なんで?」

「気が、進まない……。見えないと、役に、立たないし……」




 ザラムが初めて、身体的欠陥を気にするような発言をした。実際、それを感じさせるような場面は、今までほとんど無かったと思う。


 だから意外で、なんと言葉を返せばいいかわからなかった。

 悩んでいるうちに、ニーナが優しく声をかけた。




「わかったわ。不安を抱えたまま行っても、危険が増すだけだものね」




 さあ、と言ってニーナが立ち上がった。


「今日のところは、お終いにしましょう。寝る時間はとっくに過ぎているわ」


 子供扱いされたと思ったけれど、さっきから少し眠かった。ロム達三人は大人達に頭を下げて部屋を出た。






 ニーナの部屋から遠ざかり、最初の角を曲がったところで、アドルが立ち止まった。


「ちょっと、二人共こっちへ」


 彼は寝室へ向かう廊下を外れて、ベランダの方へ行った。振り向かずに迷いなく歩いていくので、慌てて追いかけた。




 月明かりが届く窓の前で、彼は再び立ち止まった。空気が冷たい。


「ザラム、アレやってよ。ふわって光るやつ」


 一瞬何の事かわからなかったが、ザラムは理解したようで、すぐに何かを呟いた。周りの空気が柔らかく揺れ、光の膜が一瞬あらわれた。少し暖かくなった。


「遮断する魔法?」

「そう」

「どうしたの? 聞かれたら困る話?」

「うん、そうだね」

「何だ?」

「まだ秘密があると思うんだ……僕達に知らされてない秘密が……」




 アドルの綺麗な目が、鋭く輝いていた。

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