少年は少女を知りたい
銀製品を綺麗にするには、特殊な薬品が必要。金属を扱う職人、刀鍛冶のおじさんなら持っているんじゃないかと説明したところで、レヴィが口を開いた。
「じゃあ、お前ら二人で行ってこいよ」
「エッ!?」
「えっ!?」
アイラスと同時に叫んでしまい、顔を見合わせた。視線はすぐに外された。
「な……何で俺が? レヴィが連れて行くんじゃないの? おじさんとも、レヴィの方が付き合い長いでしょ?」
「最近は、お前の方が行ってるじゃねーか」
「そうだけど……」
「俺はトールと一緒に、ニーナの作業を手伝ってくるわ。ロムにゃ無理だろ?」
口端を上げたレヴィは、わざと言ってるのだと気がついた。
「仲良くしろよ?」
嬉しそうに言われても困る。自分は嬉しいけれど、いや別に、嬉しくも何ともないのだけど。
そう思いながらアイラスを見ると、彼女もまた見ていた。再び目が合って、またそらされた。
嫌われているのか、そうではないのか、さっぱりわからない。どう反応していいのかも、わからなかった。
「もし金が要るようなら、俺宛につけといてくれりゃいいから」
「エッ、いいヨ! 私が、自分で、何とかするから……」
「何ともできねーだろうが。俺もその絵の完成が見たいんだよ。そのための必要経費だ。ガキは気にすんな」
そう言いながら、レヴィは自分の絵具を片付け始めていた。トールも座っていた机から、ヒョイと飛び降りた。二人は本当にニーナを手伝いに行くようだ。
アイラスと一緒に出かける事は、もう決定事項らしい。
「じゃあ、すぐ行く?」
出来るだけ控えめに、アイラスに話しかけた。ビクッと震えて、顔がぎこちなくロムの方へと向いた。嫌がっているように見えて傷つく。
「ウ、ウン……早い方が、いいから……」
さっき問い詰めてきた時は、威勢がよかったのに。今は恥ずかしそうに、両手の指を絡ませていた。
女の子の気持ちって、本当に全然わからない。もうさっさと行って、用を済ませてしまった方がいい。
「わ、私、準備、してくる……!」
アイラスも絵具を片付け、そのまま駆け足で部屋を出て行った。レヴィが追って行き、部屋にはトールと二人だけになった。
「ロム」
「何?」
つい冷たく答えてしまった。トールに責任はないのに。
彼もそれがわかっているのか、苦笑しながら椅子に座りこんだ。
「わしの捜す魂は、おそらく見つからぬ」
「もう捜してみたの? アイラスが?」
「うむ。……見つからなんだ」
「魔法が上手くいかなかったの?」
「いや。わしもその場におったがの、問題なく発動しておった」
「それなのに、見つからなかった……?」
「わしは、失われたのではないかと思うておる。じゃが、アイラスは諦めておらぬ。無駄を強いておるようで心苦しいが、今はそれがありがたい」
だから、絵の方は完成しても構わなかったのか。
それは、いつわかったんだろう。すぐ教えて欲しかった。いや、言う機会がなかっただけかもしれない。
それより、トールはそれで良いんだろうか。長い人生の目的だったんじゃないか。いや、もう永遠の命ではなくなるのだけど。
無言であれこれ考えていたら、トールが申し訳なさそうな顔をした。
「お主には中々言う機会がのうての。すまんかった」
「ううん……そんな事、もう気にしてない。……トールは、それでいいの? たった一つの願いだったんでしょ?」
「わしの今の願いは、アイラスの無事だけじゃ」
おそらく、それは本心なのだろう。それでもロムには、アイラスの気持ちの方が理解できた。諦めきれない。自分にできる事は何もないとわかっていても。
支度を終えて、アイラスと二人で館を出た。二月になり、寒さも少し和らいできたけれど、まだ外の空気は冷たかった。
寒空の下を、彼女は迷いなく先を歩き始めた。ロムは訝しんで声をかけた。
「道、知ってるの?」
「あっ……エェト……こっちかなと、思って……」
「うん、合ってるけど……」
どこか違和感がある。最初からそうだ。
保護区に入所した記録はないのに、彼女はその服を着ていた。
たどたどしい言葉は、作られて一年に満たないせいなのか、外の国から来たせいなのか。それなのに、この街に慣れすぎている。
彼女に植えられたという記憶には、この街の情報も入っているんだろうか。
トールだって、去年の五月からずっとこの街に居るのに、一体いつアイラスと知り合ったんだろう。随分と親しいように見えるのに、彼女と会う姿を見た事がなかった。
そのアイラスは、ロムの少し後方を歩いていた。少し速度を緩めると、彼女もまた緩めた。
並んで歩いてくれないのかな。立ち止まって、振り返った。一瞬目が合い、すぐそらされた。
「聞いてもいい?」
「な、何?」
何も考えていなかった。とにかく彼女の事を、何でもいいから知りたかった。
「アイラスは……東の大陸から来たの?」
「……エ?」
「だって、その名前……東の大陸の、北国の言葉でしょ? 意味は……」
「この名前は!」
ロムの言葉を遮るように、アイラスが叫んだ。叫んですぐ、バツが悪そうに顔を背けた。
「……この名前は……と、友達が、付けてくれたノ……」
「友達? トールの事?」
返事は無かった。
目尻にうっすら涙が浮かんでいた。こぼれ落ちないように、ぐっと我慢しているように見えた。
「歩こうよ」
聞いてはいけなかったかに思え、話を切り上げるように促した。
アイラスは俯いたまま歩き始めた。歩みはさっきより遅く、鍛冶場までの道のりが遠かった。
涙は引っ込んだかな。顔を伺いながら隣に並ぼうとすると、距離を取られた。思わずため息が漏れた。
「そんなに嫌がらなくてもいいのに……」
「別に、嫌なわけじゃ……」
「俺……君の事、なんにも知らない」
アイラスがハッとして顔を上げた。合った目は、今度はそらされなかった。
「……もっと、知りたい」
自分で言って、自分で驚いた。誰かに歩み寄るなんて、生まれて初めてかもしれなかった。
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