少年は不満だった

 その日の昼食時、ロムは顔触れが減っている事に気がついた。隣のアドルに、こっそり聞いてみた。


「リンドとコナーはどうしたの?」

「城だよ。魔法が戻ったから、リンドは宮廷魔術師の仕事をする事になったんだ」

「コナーは?」

「リンドの護衛。騎士団の方は、相変わらず人手不足らしくてね」

「アドルは戻らなくていいの?」




 アドルはスープをすくう手を止めて、少し考えるような仕草をした。


「……戻って欲しいとは、言われてるんだけどね……」

「戻りたくない? レヴィが居るから?」

「それもあるけど……」

「けど?」


 オウム返しに聞き返すと、困ったように笑った。それから耳元に口を寄せてきて、小さな声で呟いた。


「兄上と一緒に、戻れないかなって、思ってて……」

「えっ!?」


 驚いて大きな声になってしまい、慌てて口を押さえた。周りを見たが、気にしている風な人は居なかった。

 再び、声のトーンを下げて話しかけた。


「……それはさすがに、無理じゃない?」

「そんな事ないよ。兄上、一度悪魔になったでしょ? だからもう、魔法使いじゃないからね」

「でも……追放されたんでしょ? 和解、できるのかなぁ」

「ロムとザラムがいない間、城の皆……年配の人達にね、話を聞きに行ったんだ」

「そしたら、なんて?」

「父上も皆も、王家を許してくれるなら戻って欲しいって」

「じゃあ……?」

「でも、本人がね……」

「本人? もう聞いたの?」


 アドルの行動力の、高さと早さに舌を巻いた。いや、自分達にとって旅は数日だったけれど、実際は半月以上経っていた。それに彼は元々行動力がある。


「うん。でも、断られた……」


 そう言って、悲しそうに目を伏せた。




 ホークなら、そう言う気がする。と言っても、彼が未だに恨んでいるとは思わない。皇子に戻った姿にも、違和感はないだろう。


 でも今、不自由なく暮らしていて、多分教師としての仕事に誇りを持っている。それ以外にも、責任のある役割がある。

 それらを全部捨てるというのは考えにくい。

 皇子の地位や権力その他にも、興味は無さそうに思う。




 しばらく黙っていたアドルが、ぽつりと呟いた。ロムに言っているのではなく、心の声がもれたような感じだった。


「僕の欲望が、透けて見えるのかな……」

「欲望?」

「兄上に、跡を継いで欲しいと、思ってるから……」


 驚いて、二度見した。アドルもロムを見て、苦笑した。


「僕が継がなければ、僕は……僕の好きな人と、一緒になれる可能性が……出てくるから……」


 声は弱々しかった、隣に居ても、聞き取るには集中しなければならなかった。




「兄上が、魔法使いじゃ、なくなった事……それは悲しい事故なのに……僕は……」


 言葉はそこで止まったけれど、続きは聞かなくても分かった。酷い罪悪感を感じているのだと思う。

 アドルもロムも、食べる手が止まっていた。






 食べ終わったレヴィが、乱暴に立ち上がった。少しだけアドルを見たが、何も言わずに立ち去って行った。

 彼女は耳が良い。今の話を聞いていたのかもしれない。




 その後ろ姿を見送って、ふと気がついた。ホークも多分、同じ理由なのだと。

 アドルはそれを、分かっているんだろうか。




「本当に、兄弟だよね。よく似てる」

「……え?」

「二人とも、同じなんだよ。好きな人の近くに居たいんだ」


 少しだけ目を見開いたアドルは、静かに食事をするニーナを見た。

 それからまた振り返った。再び目が合ってから、ロムは話を続けた。


「先生が城に戻ったら、それは簡単に出来なくなる。もしかしたら、最初に魔法使いになった理由も……」




 みなまでいう必要はなかった。アドルの顔は全てを理解していた。

 この事を知ったからと言って、解決法があるわけじゃない。それもわかっていると思う。




「難しい問題だよね……」

「うん……ごめんね、ロム。どうしようもない事を、相談しちゃって」

「俺こそ、力になれなくて、ごめん」

「ううん。ロムのおかげで、兄上の気持ちがわかったよ。ありがとう」




 力なく微笑んで、アドルは食事を口に運び始めた。ロムも、冷めてしまったスープに口をつけた。






 午後、ロムはザラム、アドルと共にニーナの部屋に呼ばれた。部屋にはレヴィとリサ、ケヴィンも居た。

 全員難しい顔をしている。


「どうしたんですか? リサとケヴィンは、寝てなくていいんですか?」

「話が終わったら、すぐ休むよ」


 そう言ったケヴィンも、他の大人達の顔も、とても疲れていた。




 沈黙を破って、ニーナがため息混じりに口を開いた。


「大した事じゃないの。ロムにはレヴィから頼んだわよね? トールとあの子……アイラスを見張って欲しいのよ。年が近いあなた達の方が適任でしょう?」

「理由は?」


 さっきレヴィは、部屋の外で教えてくれなかった。今は中に居る。今度は教えてくれるかもしれない。




 しかしニーナは、ゆっくり首を横に振った。

 他の大人達を見回すと、戸惑いが見え隠れしている。彼らの考えも、まとまっていないように感じた。


「ごめんなさいね。憶測でしかないの。外れていたら、彼らを傷つける事になるかもしれない……」


 そう言われても、ロムには納得できなかった。そのくらいなら、自分達にも言わなきゃいいのに。




 不満が顔に出ていたか、ニーナが続けて話し始めた。


「疑っているのとは、少し違うのよ。何か害を成すとは思っていないわ。ただ、彼らが自分自身を傷つけないか、心配なの」

「わかりました……」


 ロムは諦めて返事をした。ザラムとアドルを振り返ると、彼らも同様に頷いていた。二人に不満の表情はなく、自分だけが未熟な子供のような気がした。




「何か違和感を感じたら、私達かジョージに教えてくれるかしら? どんな些細な事でもいいの」

「そう怒るな。今ここで護衛が必要なのはあの二人だけだ。極力お前ら三人の誰かがついているようにしてくれ」

「別に、怒ってなんか……」

「話、終わり?」


 ロムのセリフを遮って、ザラムが冷たく言い放った。前言撤回。不満がありありと伝わってきた。

 ニーナは困ったようにレヴィを見たが、何も言わなかった。




「無いなら、行く」


 ザラムはロムとアドルの手を掴み、大股でドアに向かって歩き始めた。

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