少年は贈り物を手にした

「レヴィ!」


 足早に歩くレヴィの背中に声をかけた。返事はあったが、歩みは止まらなかった。ロムは追いつくため、さらに足を早めた。




「レヴィ、何を急いでるの?」

「そんな事を聞くために来たのか?」

「そうじゃない、けど……」

「で、なんだ?」


 ようやく足を止め、レヴィはロムを見下ろした。威圧感があり、知らず背筋が伸びた。


「え、えぇと……アレって何かなと……思って……」

「アレ?」

「燃やしちゃうって、言ってたやつ……」

「ああ、アレか。絵だ」

「絵?」

「俺が画廊として使ってる部屋に、見覚えのない絵が一枚あったのさ」

「それが、あの子……アイラスの物ってこと?」

「最初、あいつはニーナの部屋に倒れてたんだろ? その時の持ち物に、スケッチブックがあってな。見つかった絵と同じ構図のデッサンがあったんだよ」




 レヴィが再び歩き始めた。追いすがりながら、ロムは問いかけた。


「本人は、それを認めたの?」

「さっき風呂で聞いてみた。返事はなかったが、態度が肯定してた。間違いない」

「なんで、あの子の絵が、レヴィの部屋に……?」

「さあな? 引越の時に、どっかから紛れ込んだか……」

「あの子、それを探しに来たのかな……」


 レヴィはそれ以上答えなかった。その辺りは興味がないのかもしれない。


 ロムは気になって考え続けた。仮にそうだとしても、悪魔の大群で混乱する中、わざわざ危険を犯してまで来るだろうか。無理矢理こじつけただけのような気がする。


 いくら考えても、納得のいく答えは見つからなかった。






 気づくと、二人はニーナの部屋の前に居た。


「ロム、お前は戻れ。あいつとトールを、よく見てやってくれ」

「なんで俺が?」

「それを聞くのか? お前、あいつ…アイラスの事が、気になってんだろ?」


 図星を突かれて、すぐに否定できなかった。しどろもどろで言い訳をしたが、レヴィは聞いちゃいなかった。


「もちろん、それだけじゃねえ。あいつらには、何か共通の隠し事がある。トールと一番親しいのは、お前だろ?」

「俺より、ニーナの方が……」

「ニーナが護衛をするのは無理だろうが」

「わ、わかったよ……。レヴィはニーナに、その話をしに来たの?」

「それもあるが、あいつがここに住む事を言っとかねえとな」

「え? それって、レヴィの独断だったの?」

「文句あんのか?」

「な、無いよ……」






 ノックもせずに部屋に入るレヴィを見送った。親しき仲にも礼儀ありじゃないのと思いながら踵を返すと、廊下の向こうからニーナが歩いてきた。




「部屋に居たんじゃないですか? レヴィが入って行きましたよ」

「ええ、知ってるわ」




 違和感を感じながら彼女とすれ違った。


 てっきりレヴィは、ニーナが部屋にこもっているから、わざわざ来たのかと思っていた。ニーナの部屋には守りの魔法がかかっていて、念話も遠視も使えないという話だから。

 レヴィは魔力が低くて念話が苦手らしいが、繋がりのあるニーナとだけは、負担なくできたはずだ。二人共、部屋まで来る必要はないんじゃないか。


 もし、その必要があるとしたら。




 —— 念話を傍受されないため?




 そんな高度な事ができそうなのは、ロムが推測する限りではトールとザラムしか居ない。今回警戒するとしたら、トールで間違いないだろう。


 レヴィが口頭で話してくれた事は、それほど重要ではない気がする。魔法で盗み聞きされる危険もあるのだから、普通に話したりしないだろう。それ以上の何かに、彼女は気付いてるんじゃないだろうか。


 アイラスの秘密か、トールの隠し事か。自分に話してくれなかったのは、話す必要がないから? 話すと何か問題がある?




 むくむくと頭をもたげてきた疑惑に、ロムは嫌悪感を抱いた。嘘が嫌いなレヴィがそれをつく時は、心配をかけまいとする時だけだ。


 彼女のいう通り、よく見ていよう。それがきっと一番いいはずだ。そう思って、部屋に戻る足を早めた。






「ロム様!」


 廊下でメイドの一人と会った。彼女は嬉しそうに駆け寄ってきた。


「こちらにいらしたのですね」

「どうかしましたか?」

「お留守の折に、お洗濯をしたのですが、ポケットからこのような物が……」


 ロムは、差し出された小さな麻の包みを受け取った。麻布を開くと、小さな長方形の紙が出てきた。

 紙は少しよれていて、つたない字で何か書かれていた。幼児が書いたような字で、少し読みにくかった。




「……何でも、言う事を、きく券……?」

「水につける前に気づいてよかったですわ」

「あ、はい……ありがとうございます……」


 見覚えがなかったけれど、嬉しそうなメイドを見ると、そうとは言えなかった。紙を取り出して麻布を返そうとすると、彼女は困ったような顔をした。


「包まれた状態で入っていましたよ? 折れないよう、大切にしてらしたのでは?」


 ますます覚えがなかった。なかったけれど、頷いて受け取った。こういう時は、なんて言うんだっけ。




 ——狐につままれたようだ。




 懐かしいシンのことわざを思い出して、ふっと顔が緩んだ。それを見たメイドも、嬉しそうに微笑んだ。




 ロムは、紙を麻布で丁寧に包み直し、そうっとポケットにしまいこんだ。

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