少年は自分を責めた

 目を開けると、ニーナの部屋だった。誰も居なかった。床は、ロムとトールの血で真っ赤に染まっていった。




 トールに腕を突き刺した悪魔は、すでに人の姿に戻っていた。鍛えられた肉体と、肩まである赤い髪。ロムはため息をついた。


「先生……だったの……通りで、強い……わけだ……」


 最早どうでもいい事を呟いた。気絶したホークの腕は、まだトールに刺さったままだった。震える手で、それを引き抜いた。

 嫌な音がした。血は思ったほど流れなかった。当たり前だ。すでに心臓は、止まっているのだから。


 ロムの胸の傷は、動くたびに激痛が走った。でも、もっと奥が痛かった。




 トールの目は閉じられていた。土気色の顔は、安らかだった。


「嫌だ……嘘だ……。俺の……せいだ……。……俺が、怪我してなければ……二人だけで、飛べたのに……」

「ロムのせいじゃ、ないヨ……私の、せい……」


 近くに居るはずの、アイラスの顔がぼやけていた。




 彼女は、何かを口に入れた。

 そして、手をロムの胸に当てた。長い詠唱と共に、彼女の手に淡い光が灯った。傷の痛みが薄れていった。口に含んだのは、魔法回復薬だとわかった。


「治さなくて、いいよ……薬が、勿体無い……こんな傷、どうでも、いい……」

「ダメだよ。今、治しておかないと……。これからは、簡単に治せない。怪我には、気をつけてネ」


 言ってる意味がわからない。トールを失って、彼女も正気じゃないんだろうか。いやむしろ、やけに落ち着いている。




 ロムの傷と服を治した後、アイラスはまた一粒、薬を飲んだ。

 そして、トールの胸に空いた穴に手を当てた。治したって無駄なのに。


 ああでも、お墓に入れる時、綺麗な方がいいな。

 トールは、お墓に入れてもらえるのかな。使い魔だからと許されないだろうか。もし墓地が許されないなら、街を見下ろす丘に埋葬しよう。見守っていて欲しいから。




 ぼんやり考えているうちに、長い詠唱は終わっていた。

 穴は塞がれ、傷が治り、服も元通りになった。まるで眠っているようだった。




「ロム。大丈夫だヨ。トールは生き返る」

「え……?」

「トールの身体を、アールヴヘイムへ連れて行って。そこで、トールの魂を取り戻せるから」




 そんな事が、できるのか。いや、できるわけがない。ロムの知る魔法の常識では、失われた魂を戻す事は、できなかったはずだ。

 そもそも、魂はすぐ転生すると聞いている。トールの魂は、今はもうどこかで別の命に宿っている。




 転生と言えば、トールは名付け親の魂を捜していた。その望みを叶える前に、彼は逝ってしまった。

 せっかく、アイラスが魔法を使えるようになってきたのに。なんてタイミングが悪いんだろう。

 こんな事になるなんて、想像もしていなかった。永遠の命を持つが故に、トールが死ぬなんて夢にも思っていなかった。不老なだけで、不死ではないのに。




 そうだ。落ち着いたら、アイラスにトールが転生した先を捜してもらおう。

 それが遠い異国だったら、ザラムに転移魔法をお願いしよう。彼は世界を旅していて、いろんなところに行った事があるらしい。そういう面では、ニーナより頼りになる。


 別に何をするわけでもないけれど、新しい命が幸せに過ごしていたらいいなと思う。トールも同じような想いで、名付け親を捜していたんだろうか。






「お願いネ?」


 アイラスの声でハッと我に返った。随分長い間、考え事をしていた気がする。いや、一瞬だったかもしれない。


「アイラスも、一緒に行くの?」


 適当に、そう聞いてみた。


「ううん、私は行けないノ。だからロム。お願い」

「……どうやって行くの?」

「ザラムが知ってるヨ。ザラムは、行った事があるから」

「アイラスが知ってるなら、アイラスが教えてよ……」


 ロムはもう、アイラスの言う事を全く信じていなかった。気が触れたのかと思って、適当に話を合わせていた。段々とイライラしてきた。


「時間がないノ。早く消さないと、また犠牲が出るかもしれない」

「消す……?」

「うん。でも、忘れないで。トールを、アールヴヘイムに連れていくノ。それだけは、絶対、忘れないで」




 ずっと微笑んでいたアイラスの目から、一筋の涙が流れ落ちた。


「ごめんネ、ロム。私もロムと、ずっと一緒に居たかった……」

「何を……言ってるの?」

「ロム、ありがとう……。好きになってくれて……ありがとう。私も大好き、だから……」




 アイラスが、また薬を一粒飲んだ。

 何か呟きながら、顔を近づけてきた。


 唇が重なった。


 同時に、抗いがたい眠気が襲ってきた。魔法による眠りだとわかった。


「アイラス……なん……で……?」






「さよなら、ロム……」

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