少女は少年を助けたい

 アイラスは、考えれば考えるほど不安になってきた。

 この街の魔法使いは、自分以外全員ニーナの館に集まっているはずだ。館に悪魔達は進入できない。外を歩いているのは自分だけ。それを狙って、悪魔達が群がってくるんじゃないか。

 自分だけならまだいい。ロムがそれに巻き込まれたらと思うと、気が気ではなかった。




 しっかりと握ってくるロムの手を見た。手は暖かく、力強かった。さっきはこの手に包まれて、告白された。肯定で返したかった。




 ——でも、私は……。




 アイラスには、今こうして生き延びようとしている事にも、意味があるのかわからなかった。






 心配をよそに、何事もなく転移装置まで辿り着いた。


「意外とあっさり着いたね。気配は感じない?」

「うん、近くには居ないヨ。遠くにたくさん居るのは、ごちゃごちゃしてよくわからないけど……」

「じゃあ、トールを呼んでくれる?」


 頷いて、トールに呼びかけた。すぐに返事があり、飛んでくるようだった。




 ほっとした。気が緩んだ。その瞬間、強い気配を感じた。


「来る……! すごく、強いのが!」


 叫ぶと同時に、ロムがアイラスを突き飛ばした。壁に叩きつけられ、背中に激痛が走った。

 雷が落ちるような音が響き、砂埃が舞い上がった。目を閉じて耳を塞いだ。




 クラクラする頭を振りながら目を開けると、さっきまで二人が立っていた石畳は、粉々に砕けていた。あそこにそのまま居たなら、自分達がそうなっていたかもしれない。


 その場所に、白い悪魔が立っていた。物見塔で見た悪魔より少し大きい。さっきのコナーの悪魔が小さかった事を考えると、大人が悪魔に変えられた姿かもしれない。




 路地の真ん中に悪魔が立ち、それを挟んで左右の壁際に、アイラスとロムが居た。悪魔はゆっくりと、アイラスの方を向いた。




 その瞬間、ロムが音もなく背後から斬りかかった。翼を狙っていた。


 風を切るような音と共に、悪魔が腕を振った。

 何が起こったかわからなかった。ロムは反対側の壁に叩きつけられ、胸には切り傷が出来ていた。血が流れ、地面を真っ赤に染めた。


「ロム……!」


 悪魔が再びアイラスに向き直った。ギラギラと光る爪からは、血が滴っていた。


 強い。今まで見た悪魔とは、動きが別格だ。ロムが敵わない。

 狙いは自分だ。彼から悪魔を離さなければ。




「ロム! 逃げて!!」




 アイラスはロムから遠ざかるように、路地を走った。だが、目の前に悪魔が降り立った。速い。全く動きが見えなかった。

 悪魔が腕を振り上げた。囮にもなれない自分が情けなかった。




「アイ……ラス……!」




 絞り出すようなロムの声と共に、視界が輝いた。眩しさに目を閉じると、誰かがアイラスの肩を優しく抱いた。




「諦めるでない」




 優しいトールの声に、驚いて目を開けた。彼の生み出した防御壁に阻まれ、悪魔の顔が憎悪に歪んでいた。




「そのまま、二人で飛んで……! 俺は、城に行く……!」

「いかん! その傷では無理じゃ! ロムも共に来るのじゃ!」

「くっそ……」




 アイラスの隣で、トールが爆撃の言霊を唱えた。爆音が響き、悪魔がロムを飛び越えて、大きく吹っ飛んだ。


「ロム! 手を!」


 胸を抑えながらロムが立ち上がった。光の壁が消え、トールとロムがお互いに手を伸ばした。転移装置は有効範囲内にある。あの手が繋がったら飛べる。

 館に着いたらすぐ、ロムの傷を治そう。それでみんな助かる。






 そう思った。






 すぐそばで鈍い音がした。


 いつのまにか、目の前に悪魔が立っていた。


 その腕は、まっすぐトールの胸に伸びていた。

 その腕は、トールの胸を貫いていた。




 ——嘘。




 悲鳴は、アイラスの口からは出なかった。喉はカラカラで、乾いた呼吸音だけが耳障りだった。




「うわあああ!!!」




 ロムが叫びながら短刀を振った。翼は切り落とされ、悪魔はそのままの格好で沈黙した。




「トール……!」


 ロムが震える手を伸ばした。その指がトールに触れた瞬間。血を吐くトールの口から、転移の言霊が発せられた。


 光の中で、アイラスは優しい声を聞いた。






 ——アイラス……泣くでない……。

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