少女は嫌な予感がした

 ロムの声に、アイラスは地面にしゃがみ込んだ。頭の上で鈍い音が響く。


「アイラス、下がって!」


 あわてて、しゃがんだ姿勢のまま這いずるように移動した。

 悪魔の振り下ろした腕を、ロムが短刀で受け止めていた。それは鞘に入ったまま。傷つけまいとしている。


 ロムが少しだけアイラスを見た。その目は優しくて、落ち着いていた。大丈夫と言われているようだった。




 ロムが短刀を斜めに傾けた。力がそれ、悪魔ががくんと体勢を崩す。そのまま短刀を抜き、前に倒れる悪魔をすり抜け、背後に回って一閃した。




 あっけなく、翼は背中から切り離された。悪魔はそのまま地面に崩れ落ち、動かなくなった。


 ロムはすぐアイラスに駆け寄ってきて、周囲を確認した。


「大丈夫? 他に気配を感じる?」

「ううん。もう、近くには居ないヨ。ありがとう」




 ロムがパッと顔を上げて、アイラスを抱え込んだ。その直後に足音が聞こえた。驚いて音のする方を向くと、墓守が走ってきていた。ロムの緊張もすぐに解けていた。


「なんだぁ? こいつは……」

「白い悪魔ですよ。注意するよう呼び掛けがあったはずですが…」


 マジかよ、等と言いながら、墓守は横たわる悪魔をしげしげと眺めている。

 気づくと、悪魔の身体から羽根がパラパラと剥がれ始めていた。


 羽毛の奥からは鍛えられた、でも幼い少年の身体が現れた。見覚えのあるその顔は、コナーだった。




「コナー!?」


 コナーは裸だったので、アイラスは慌てて背中を向けた。ロムがため息をついているのがわかる。


「すみません、服を貸してもらえませんか?」

「お、おう」


 小屋に戻って行く墓守の背中を見送り、ロムがコナーに呼びかける声を、後ろ向きのまま聞いた。


「う〜ん……」

「大丈夫ですか? 何があったんですか?」

「あぁ、君か〜……うわっ、寒い〜……」

「今、着るものを持ってきてもらってますから……」


 言っている間に、墓守がボロ布のような服を持ってきた。育ちの良いコナーが文句をつけないか心配だったが、何も言わず着込んでいるようだった。




「アイラス、もう大丈夫だよ」


 背中からロムの声がかかり、ほっとして振り向いた。コナーが少しバツの悪そうな顔で立っていた。




「保護区に大きな裂け目が出たんだよ〜。みんなあっという間に飲み込まれちゃってさ〜」

「コナーは、なぜ保護区に?」

「ザラムと一緒にお使いに行っててね〜」

「えっ? じゃあ、ザラムは? 無事なんですか!?」

「大丈夫だよ〜。ニーナ様の館に逃げ込むのを見たから〜」

「見た……?」

「姿が変わっても、意識はあるんだよ〜」


 そういえばそうだった。物見塔のおじさんも、同じ事を言っていた。


「意識があったなら、なぜここに来たかわかりますか? 館から結構距離があるのに、アイラスを感知された……?」

「違うよ〜僕が考えたからだよ〜」

「え……?」

「墓場に行った君達は大丈夫かなぁってさ〜。僕の思考の中から餌を見つけて、移動したんだよ〜。あいつら、それほどバカじゃないね……」


 ロムの顔に、少しだけ焦りの色が見えた。無言で墓場の端に向かったので、アイラスも後を追った。




 見下ろすと、館に群がっていた悪魔が少しバラついていた。コナーの言う通り、他の餌を探し始めたのかもしれない。そうすると本当に、どこが安全がわからない。






 思い悩むアイラスの頭に、トールから無事を問う思いが届いた。

 すぐ思いを返し、ロムとコナーの無事も伝えた。続けて届いた内容に、思わず声を張り上げた。


「そんなの、ダメ!」

「な、何?」

「あ……ゴメン。トールが迎えに来るって言うから……」

「えっ? ダメだよ! トールが外に出たら、悪魔が全部集まってくる!」

「だよネ……あ、違う。転移装置までだって」

「じゃあ俺達がそこまで移動して、着いたら連絡をするの? 迎えに来てもらって、すぐ戻る感じ?」


 ゆっくり頷きながら少し考えた。今は時間をかければかけるほど危険が増す。最寄りの転移装置までなら、館や城より近くて時間もかからない。すぐ転移するなら、トールにも危険は少ない。


 そう思って再びロムに、今度は強く頷いた。






「いや、僕は城に行くよ〜。このおじさんを連れてね〜。ほら、見てよ〜」


 彼が指差す先を見ると、騎士らしき人達が住民を誘導していた。城に避難させている。


「それに今は、魔法使いと一緒に居るなんて、怖いしね……」


 コナーはアイラスをチラッと見て、そう言った。ピリッと空気が張り詰めた。ロムの表情が変わっている。


「ロム、落ち着いて。コナーの言う事は正しいヨ」


 誰だって自分の身が一番大事だ。それにコナーは、墓守のおじさんを見捨てようとはしていない。力があるからこそ、自分の力量で出来る事と出来ない事を、正確に判断しているとも言える。


 というか、ロムも自分と一緒に居るのは、危ないんじゃないだろうか。




「ねえ、ロム。ロムもコナーと一緒に……」

「ダメ。絶対ダメ。今度そんな事言ったら、本当に怒るからね」


 もう怒ってるじゃない。そう思ったけれど、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちの両方があり、黙って頷いた。


 ロムは憮然とした表情のまま、コナーに話しかけた。


「城に行くなら、騎士団長に討伐隊の提案をしてもらえますか? 若い者だけで隊を組むんです」

「ああ、それなら危険は少ないね〜」

「コナーも参加して下さいね」

「……まあ、そうなるよねぇ〜……」

「武器はありますか?」

「前に騎士団が、護身用にって置いてった剣があるぜ。使えねえからいらねえっつったんだがよ」


 墓守が話に割り込み、再び小屋に戻っていった。彼が持ってきたのは、模擬剣のような粗末な剣だった。コナーが受け取り、それを腰に下げた。




「アイラス、転移装置の位置はわかる?」

「うん、トールが教えてくれるから」

「じゃあ行こう。そっちも気をつけて下さい」

「お互いにね〜」




 呑気に手を振るコナーと別れ、アイラスとロムは坂道を下り始めた。




 本当に、これが最善なんだろうか。心にチクチクと針が刺さるような感覚があり、誰かが警笛を鳴らしている気がした。

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