少年は役に立ちたい
墓場に着いて墓守に挨拶をし、以前と同じように霧に幻影を映し出した。
浮かび上がった女性も、以前と同じだった。
アイラスが見落とした何かとは、なんなんだろう。絵は持ってきていない。彼女は詳細まで覚えているだろうけど、ロムには全体の雰囲気しか記憶にない。
それは、目の前に浮かび上がっている幻影と、違いは無いように思えた。
「……見て! 彼女、手を胸のところで動かしてる!」
言われてみると、胸元をさすっている。その指先に、光る何かが見えた。
「ペンダントだよ。それを大事そうに撫でてる」
アイラスは、急いで小さなスケッチブックを取り出した。最初にグリフィスの記憶をスケッチした絵だった。
着ている服は同じ。でも、胸元には何もなかった。
「私、あの絵を描く時、外見はこれを参考にしたノ。だから、ペンダントがなかったんだ……」
「これ、特別な物なのかな。なんだかとても……」
とても愛おしそうに、両手で包み込むようにしている。添えられた手が邪魔で、造形がわからない。わからないまま、幻影は消えてしまった。
大丈夫なのかな。心配になってアイラスを見ると、腕組みをして何か考え込んでいる。魔法に関する事だと、ロムは何の役にも立てない。助言もできない自分が情けなかった。
アイラスが、ふと何かを思いついたように、カバンを漁り始めた。
そして、小さな袋から魔力回復薬を一粒取り出した。ちらっと見えた袋の中身は、前に見た時より半分くらい減っていた。
それを口の中に放り込み、アイラスは再び何かを唱え始めた。
魔力が低いせいで、彼女の言霊はとても長い。ロムは邪魔にならないよう、静かに終わるのを待った。
唱え終わったのを確認して、ロムは口を開いた。
「今のは、何の魔法……」
「しっ!」
アイラスは人差し指を唇に当て、目を閉じて耳をすましている。ロムも同じように、耳に意識を集中した。
遠くで鈴の鳴るような音がした。彼女を見ると、気づいていないようだった。
気のせいかもしれない。足音を立てないように気をつけて、その音のする方に進んでみた。音は少しずつ大きくなった。間違いないと確信してから、アイラスを呼んだ。
「こっちだよ。ここから音がする」
「エッ。ロム、すごい。私、全然聞こえなかった」
役に立てた事が嬉しくて、謙遜しながら足元を指差した。
「耳は良いから……ここだよ。地面の下みたいだね」
アイラスが腕まくりをして、素手で地面を掘り始めた。慌てて止めて、懐から苦無を取り出した。
「俺がやるよ。掘ればいいんだよね?」
「うん、ありがとう」
ロムが掘り進める間も、音は聞こえていた。土をかき出す度に、音は大きくなった。
音が出ている間は、魔力も消費しているんだろうか。唱え終わった後はそういう事はないのかな。でも前にトールがここで倒れた時は、詠唱が終わった後だった。
魔法の事は、ロムにはよくわからない。今度はアイラスが倒れたりしないだろうか。心配で、時々彼女を確認しながら掘り進めた。
一際音が大きくなった。近いと思って苦無を置いて、手でそっと土をかき分けた。アイラスも覗き込んできた。
太陽の光を受けて、何かがきらめいた。土の隙間から赤い石が見えた。透明度が高い。宝石だ。
それを引っ張り出し、土を払ってアイラスに見せた。最後に一度だけ、大きな鈴の音がした。
「これ、さっきのペンダント……?」
「うん、そうだネ! でも、すごくボロボロに錆びてる……」
「これ、銀だから錆びないよ。変色してるだけ。金属を扱う職人さんなら、綺麗にできるはずだよ。刀鍛冶のおじさんなら、できるかも……行ってみる?」
「うん!」
アイラスが嬉しそうに笑った。久々に見る笑顔だった。これを見る事ができただけでも、今日は来た甲斐があった。
ふと手元のペンダントを見ると、文字が彫ってあるのが見えた。表面を指でこすり、読んでみる。
「ずっと一緒に居て……」
「エッ?」
「あ、いや。ここに、そう彫ってあるんだ」
「本当だ……これって、もしかして……」
「うん、多分……プロポーズの言葉……」
それだけで、このペンダントの正体がわかった。グリフィスが、彼女にあげた物だ。プロポーズの言葉と共に。
アイラスを見ると、その目は悲しみに沈んでいた。でもロムは、別の事を考えていた。
——ずっと、一緒に居て。
アイラスに、そう言いたかった。でもこの歳でプロポーズは早い気がする。
それでも、と考え直した。ロムは三年後に成人する。アイラスは一応10歳だけど、彼女の心は肉体の年齢とは関係ない。実際に結婚するのは先でも、約束くらい交わしてもいいんじゃないか。
考えがまとまらないまま、ペンダントをアイラスに差し出した。彼女が手の平を上に向けた。その手を、ペンダントごと両手で包み込んだ。
「ど、どうしたノ?」
一度深呼吸をして、アイラスをまっすぐ見つめた。
「アイラス。俺と、ずっと一緒に、居て」
アイラスの動きが止まった。時が止まったかと思った。固まった彼女が心配になってきた頃、ようやく動きがあった。
「エッ……エッ? あの……エ……?」
意味が通じてないんだろうか。はっきり言った方がいいのかな。確かにこれじゃ、ザラムと変わらない。ロムはもう一度、勇気を絞り出した。
「だから……俺と、結婚して、下さい……」
また、アイラスが動かなくなった。ダメなのかな。気が早すぎたのか。言い訳のように、言葉を続けた。
「今すぐってわけじゃないんだ。アイラスが、成人してから……俺はその時、18だから、それまでに、稼げるようになっておくから……」
そこで言葉を切り、アイラスの顔をうかがった。目は見開かれ、肯定も否定も読み取れなかった。
二人の手に目を落とすと、土だらけの指の隙間から、ペンダントがのぞいている。それを見てハッと気づいた。
「ごめん! 今はまだ何も用意してないけど、指輪か何か、アイラスの好きなアクセサリーを贈るから……」
もう一度アイラスの顔を見た。伏せられた目に、涙がたまっている。
「ご、ごめん……」
「ううん、違うノ……。嬉しいノ……」
「えっ、じゃあ……?」
アイラスが勢いよく顔を上げた。その拍子に涙が舞い散った。
「ありがとう、ロム。すごく、嬉しい。でも、私……」
「え……ダメなの?」
「ダメじゃ、ない! 私も、ロムが大好きだもノ! でも、私……私は……!」
突然、アイラスの身体が大きく震えた。
どうしたの? と聞こうとした言葉を飲み込んだ。彼女の顔には、恐怖が張り付いていた。
アイラスは震える身体で踵を返した。握っていた手は振りほどかれ、ペンダントが地面に落ちた。
彼女は墓地の端まで行って、街を見下ろした。
視線の先には、鳥の大群が見えた。鳥は保護区の上空を波打つように飛んでいた。
渡り鳥の群れみたいだと思ったけれど、おかしい。真冬のこの時期には居ないはずだ。それに大きさが変だ。これだけ離れていたら、もっと小さく見える。目を凝らして気がついた。
それは、白い悪魔の大群だった。
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