少年は少女を守りたい
アイラスが、フラフラと後ずさった。後ろから支えるように肩を抱いた。
「アイラス」
「ど、どうしよう……ロム……!」
「大丈夫。心配しないで」
根拠は何もなかった。でも不安な態度を見せたら、アイラスがもっと不安になる。しがみつく彼女を抱きしめながら、ロムは考えた。彼女のためと思ったら、驚くほど頭が冴えてきた。
「見て。あいつら全部、ニーナの館に向かってる。何かあったら、魔法使いはみんな集まることになってるからね。それを追ってるんだ。でも、ほら」
館の周囲に、ぼんやりとドーム状に光る壁が展開されていた。群がっている白い悪魔は、全てそれに阻まれていた。
無駄とわかっても、何度でも向かっている。彼らに知能はない。野生動物の方がまだ賢い。
「ニーナの魔力が尽きない限り、あの中に居るみんなは大丈夫だよ。ニーナ、あの館の中なら魔力は無尽蔵なんだ。だから絶対平気。むしろ、外に居る俺達の方がやばいかもね」
冗談っぽく言った。アイラスが最も心配するのは、トールの事だとわかっている。だからそう言ってみた。
予想通り、アイラスは少し安心した顔になって、少し笑ってくれた。
彼女の背中をぽんぽんと叩き、再び悪魔の群れを見据えた。
あの群れは、保護区の上空に発生していた。保護区に白い裂け目が出たんだろうか。あのたくさんの悪魔は、保護区の皆かもしれない。
ホークは無事だろうか。今、保護区に魔法使いは彼一人しかいない。あんな大群に襲われたら、いくら強くてもひとたまりもない。むしろ彼自身も、悪魔に変わっていた方が安全と思える程だ。
シンで『人狼』の里で起きた事と、同じ事が起こったんだろうか。
どちらも現場を見ていないので、詳細はわからない。起きてしまった事より、これからどうするかを考えなければならない。
アイラスの安全を確保するには、どうしても彼女を館に連れて行く必要がある。
「ねえ、アイラス。アイラスはニーナの転移装置は使えないの?」
「ご、ごめん。あれはニーナと契約しないと使えないノ……。してもらう約束はしてたんだけど、まだ……」
「わかった。大丈夫、そんな顔しないで」
「でも、私のせいで……ロムまで危険な目に……」
「アイラスのせいじゃないよ。というかさ、俺は魔法使いじゃないし子供だし、狙われないから一番安全なんだよね」
「あっ、そうだよネ」
クスクスと、アイラスが笑った。笑顔を見ると、力が湧いてくるようだった。
「アイラスの方が危険だけど、心配しないで。絶対、俺が守るから」
途端に、彼女の顔から笑みが消えた。身体を離し、真剣な顔で見上げてきた。
「もし……もし本当に危なくなったら、私を置いて逃げてネ」
「そんな事、できるわけないよ」
「でも……」
「それ以上言わないで。さあ、行こう」
「ど、どこへ?」
「館に帰るんだよ。外はどこだって、安全とは言えない。ギリギリまで近づいて、手薄なところがないか探してみよう」
「わ、わかった。……あ、ペンダント!」
さっき落としたペンダントを、アイラスが思い出した。少し落ち着いてきたのかもしれない。墓場に駆け足で戻っていった。
ロムは考えながら、ゆっくりアイラスの後を追った。
もし手薄なところがなかったらどうしよう。城の方に行ってみるか。アイラスは魔法使いだけど、子供で魔力も低い。あの大群を呼び寄せるほどの吸引力はないはずだ。騎士団の守りだけでも何とかなるだろう。
悪魔をいつまでも放置しておくわけにもいかない。さっき自分が言った事だけど、魔法使いではない子供なら狙われない。ロムの他は、アドルとコナーがそれに該当する。同じような若い騎士を集めてもらって、討伐隊を組む事を提案してみよう。
ああ、でも。翼を切り落としたら人に戻るんだ。その時の事も、よく考えなくちゃいけない。
保護区の子供達なら戻っても危険は少ないけれど、大人の先生達が戻った場合はどうなるか。魔法使いじゃなくても、大人は狙われやすいと聞いている。戻った途端に襲われるかもしれない。
悪魔の状態で大人と子供は見分けられるだろうか。
ロムが実際に見た事のある悪魔は二体。レヴィの古い工房で見た悪魔の遺体より、物見塔でおじさんが変化した悪魔の方が、少し大きかったような気がする。元の姿が影響しているなら、小さい悪魔が子供の可能性が高い。
子供から狙って数を減らしていけば、大人を戻した時の危険も少ない。
アイラスの方が、その二体をよく見たはずだ。聞いてみよう。
そう思って顔を上げ、前を見た。アイラスがペンダントを握りしめ、不安そうな顔で辺りを見回していた。様子がおかしい。
風を切る音がした。
「アイラス! 伏せて!」
ロムは叫びながら、アイラスに向かって走った。腰の短刀を1本だけ、鞘ごと引き抜いた。彼女の背後に白い悪魔が迫っていた。
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