少年は待っていた

「吹雪いてきたな……」

「そうだね……」




 洞窟の出入り口で、レヴィとアドルが並んで外を眺めていた。


 いくら吹雪いても、冷たい風も雪も中には入ってこなかった。ザラムがかけたと思われる、守りの魔法のおかげだ。


 それは、彼が遠く離れていない場所に居るという事。そして、ここに居座る自分達のために、魔法を解いていないという事。

 ニーナとトールが居るんだから、そんな事しなくたっていいのに。


 どこまでも優しい彼に、それでも嫉妬しか感じない。そんな自分に嫌気がさしてきた。




 吹雪のせいでわからないけれど、そろそろ夜明けが近い筈だ。


 二人は今、どうしているだろう。この吹雪の中、大丈夫だろうか。ザラムなら、ちゃんとアイラスを守ってくれると思う。でも彼女を守る役目は、常に自分でありたかった。

 こんな吹雪を防ぐ力なんて、自分には無い。それはよく分かっていても、そう思わずにはいられなかった。






 何度目か分からないため息をついた時、洞窟の奥からトールが駆けてきた。何か動きがあったかと思って、ロムは立ち上がった。


「どうしたの?」

「アイラスから連絡があった。ザラムを傷つけぬと約束するなら、こちらに来るそうじゃ」


 彼女がザラムの心配をしている。またロムは胸がムカムカしてきた。

 いや、殺意を持って斬りかかったのは自分だ。彼女の提案は当然だし、仕方がない。




 じっと見つめる視線に気がついて、顔を上げた。目の前のトール、背後のレヴィとアドル。それに、トールの後からやってきたニーナとホークが、ロムの返事を待っているようだった。


「な、何?」

「ザラムを傷つけるとしたら、おぬししかおらんであろうが。どうじゃ? 約束できるか?」

「人聞きの悪いこと、言わないでよ。もう、そんな気、無いから」

「まあいい、ロムは俺が見張っておこう。アイラスには、安心して戻ってこいと伝えてくれ」


 ちょっと待って。それって、全然信用されてないって事?


「わかった。頼むぞ」


 トールまで、酷い。ロムは文句を言う気力すら、無くなってしまった。






「来たな」


 レヴィが顔を上げた。彼女は洞窟の出入り口を見ていた。洞窟内に転移してくるのではなく、歩いてくるらしい。


 耳をすましていると、風の音に混じって足音が聞こえてきた。気配は間違いなく、アイラスとザラムのものだった。


 レヴィはいち早く足音を聞いたのか、それとも気配を察したのか。

 気配だったら自分でもわかると思うのだけど、近づくまで気づかなかった。自分の心が落ち着いていないせいかもしれない。




 吹雪の向こうに人影が二つ浮かび、それが段々とくっきりしてきた。アイラスの顔がわかるようになって、ようやくロムは安堵した。

 ほんの数時間離れていただけなのに、とても懐かしく思えた。


 ザラムは髪と目の色を黒に戻していた。いや、白が本来の色なのだから、戻すというのは違うのだけど。




 アイラスと目が合った。途端に彼女は警戒して、ザラムを庇うように前に出た。彼女にまで信用されていないと思うと、またため息が漏れた。


「ロム……あの、心配かけてゴメン! でも、もう、大丈夫なノ。ザラムは、私の魂を取ったりしないから……」

「アイラス、いい」


 ザラムがアイラスを押しのけ、前に出てきた。彼は真っ直ぐロムの方を向いていて、目が合ったかと思った。そんなわけないのに。




 ザラムは腰にさした刀を鞘ごと外して、両膝をついた。刀を前に置き、ロムに向かって手をついて頭を下げた。

 刀礼だ。




「悪かった」




 アイラスを含め、みんな戸惑っていた。でもロムには、その意味が分かっていた。

 武器を正面に置くのは、敵意が無い事を示している。本来は、神前か貴人に対して行われる最敬礼。


 醜い嫉妬で心を焦がしていた自分に、そんな価値はない。ロムは居たたまれなくなった。




「いいよ、そこまでしなくても。顔を上げて」


 ザラムのそばにしゃがみこみ、その肩に手をのせた。彼は下を向いたまま、小さな声を絞り出した。


「許して、くれる?」

「……許さない」




 彼と周りから、緊迫感が伝わってきた。でもこれは、二人を待っている間に決めていた事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る