少年は理解できない

「アイラス!!」


 伸ばした手は空を切った。アイラスとザラムは、光に包まれて消えてしまった。




 ニーナの結界は効かなかったんだろうか。

 さっき、ザラムはやけに長い詠唱をしていた。それで破られたのかもしれない。

 チャンスだと思って飛び出したのに、アイラスが彼を庇った。助け出すはずの、彼女自身に。


 訳がわからなかった。アイラスは自分が殺される事を知らないんだろうか。ロムは暗闇の中で、呆然と立ち尽くしていた。




「ロム、何やってんだ! 殺すのが目的じゃねえだろうが!」


 後ろから淡い光が差してきて、レヴィが呆れながら駆けつけてきた。その後ろにアドルと、光を掲げたトールも居た。


「べ、つに……殺すつもりは、なかったし……」

「嘘。さっきの殺意は本物だったよ。ザラムが怖がって逃げちゃったじゃん」


 アドルが側までやってきて、責めるような目で睨んできた。


「そ、そんな事より! アイラスが、ザラムを、庇ったんだ……なんで?」

「とりあえず、ロムはちょっと落ち着いて? トール、こっちに来てくれる? レヴィは外の二人に連絡を」




 アドルが手際よく指示を出している。ロムは途方にくれてしまった。

 何故みんなは、アイラスが再び連れ去られたのに、落ち着いていられるんだろう。




「明かりをお願い。さっき二人がいた所を調べたいんだ」


 トールの持つ光の玉が、彼の手を離れてふわりと移動してきた。近づいてきた光が眩しくて、目を細めた。

 アドルがロムを押しのけて、壁や床を調べ始めた。




「地面に引きずった痕がある……ここの壁、動くんじゃないかな?」

「どれ、試してみよう」


 今度はトールがロムを押しのけて前に出た。なんだかすっかり邪魔者扱いだ。


「多分、右に動くと思うよ。痕はそっちに付いているから」


 トールが何かを呟くと、目の前の壁が揺れた。大きな音を立てて、壁が右にずれていった。

 人が一人通れるくらいの穴が開き、動きは止まった。穴の向こうに巨大な水晶のような物が見えた。




 アドルが、周囲を警戒しながら穴の中に入っていった。そしてすぐ、振り向いた。


「ロム、入って」


 そんな事より、アイラスを捜したいんだけど。

 そう思ったけれど、手がかりがあったのかもしれない。今度はロムがトールを押しのけて、穴をくぐった。彼は迷惑そうな顔をしたけれど、仕返しだしと思って無視した。




 中はやや広い空間で、空気が一気に冷えた。これまでの洞窟内が不自然に暖かかったのは、何か魔法がかかっていたのかもしれない。アイラスの事ばかり考えていて、気にも留めていなかった。




 顔を上げて前を見ると、水晶に見えたそれは大きな氷だった。

 その中に、人が入っていた。長い黒髪の、歳はロムやアドルと変わらないくらいの、安らかな顔の少女。




「きっとこの子が、ザラムの『知識の子』だね」


 言われるまでもなく、察しはついていた。この少女が、ザラムが蘇らせたい、彼の大切な人。


 アドルが、慈しむように氷の表面を撫でた。仕草とは裏腹に、彼の目は氷のように冷たくて、ロムは背筋が寒くなった。

 その目でロムを振り返り、薄ら笑いながら言った。


「……ねえ、ロム。この子を壊してしまえば、もうアイラスは殺されないんじゃないの?」

「なっ……何言ってんだよ!」

「おお、そうじゃな! 器がのうなったら、魂を取る意味もないからのう」


 後ろから、トールも嬉しそうに言った。ロムの知る二人とは思えない提案に、驚いて声を張り上げた。


「ダメだよ! そんな……そんなの……! ザラムの大切な人なんだよ!?」




 アドルが氷から手を離し、手袋に付いた霜を払った。そして、優しく微笑んだ。目はさっきと正反対で、温かかった。


「そういう事だよ」

「えっ……?」

「ザラムも同じじゃ。アイラスとおぬしが大切じゃから、アイラスがおぬしの大切な子じゃから、魂を取れぬのじゃよ」

「考えてもみてよ。ザラムがアイラスをさらってから、結構時間経ってるよね?」

「器が目の前にあり、アイラスもその場におった。魂を移し替える時間は充分にあった。今夜は満月で、施行にも申し分ない。それなのに、アイラスは無事じゃ」




 二人はロムの反応を待っているようだったが、言葉が出てこなかった。

 トールが軽くため息をついた。




「のう、ロム……。おぬしの知るザラムは、アイラスを殺せると思うか?」




 目を閉じてザラムの顔を思い浮かべた。

 レヴィの古い工房で、彼は人と知らずに白い悪魔を殺した。それは仕方がない事だと思うのに、酷くうろたえていた。あの時に初めて、彼の涙を見た。

 物見塔で、自分が死にそうになっても、手を出せなかった彼も思い出した。




「……思わない」




 目を開けると、トールとアドルが優しい顔でうなずいた。


「みんなは……信じてたの?」

「ちょっと違うかな。知識だよ。ザラムはそういう事をしないっていう、知識」

「それにしたって、我らがお姫様をさらったのは事実だからな。しっかりお仕置きしねえとな」


 レヴィも穴をくぐって入ってきた。4人も入ると、さすがにこの空間も狭く感じる。


「うわっ。ここは冷えるな。あっちのがあったかいから、戻って待とうぜ。ニーナとホークも向かって来てる」

「……待つ?」

「ザラムのお姫様は、ここに居るんだ。戻ってくるだろうよ」




 ザラムと再び対峙した時、どんな顔をすればいいか、ロムにはわからなかった。

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