少年は仲直りした

「そう、だよな……」


 ザラムは絶望したような声で呟いた。いや、そうじゃないんだけど。

 ロムは首を横に振って、決めていた事の続きを言った。




「今日から一週間、俺の言う事を、何でも聞いてくれたら、許す」




 以前アイラスから、同じように言われた事がある。彼女の命令は、どれも面倒で可愛かった。その事で、より親しくなれた気がした。


 今はまだ、ザラムをまともな目で見れない。でも今日からの一週間で、以前のような関係に戻れたらいいなと思っている。その気持ちに嘘はない。




 ザラムがゆっくり顔を上げた。目がまん丸になってる。見えない目でも、こんなに表情があるんだと思うと、おかしかった。自然に、笑みがこぼれた。


「えっ……あの……え?」

「聞こえなかったの? 今日から一週間、俺の命令、何でも聞いてくれる?」

「あ、うん……でも……」

「じゃあ、決まりだね」


 ザラムはまだ何か言いたそうだったけれど、無視してその手を取った。引っ張り上げるように、一緒に立ち上がった。






「良かったネ!」


 アイラスがほっとしたように、声をかけてきた。

 その言葉は、どっち宛なんだろう。彼女は随分と、ザラムを心配していた。二人きりの時も楽しそうだったらしいし。


 些細な事かもしれない。そんな事をしつこく気にしている自分に、うんざりしてきた。




 ふと顔を向けた瞬間、アイラスと目が合った。笑いかけられたのに、つい目を逸らしてしまった。


 まずいと思った時は、手遅れだった。視線を戻すと、彼女はうつむいていて、もうロムの方を見ていなかった。

 何か言葉をかけなければと思ったけれど、何も思いつかなかった。






 突然ザラムが、アイラスの二の腕を掴んだ。彼女は驚いて、目をぱちくりさせている。そのまま、ロムの方に放り投げるようにして、ぱっと手を離した。


「わっ」


 バランスを崩して、アイラスが転びそうになった。あわてて抱きとめて、ロムはザラムに抗議した。


「どうしたんだよ、危ないだろ! アイラスは、この服で歩くの、苦手なんだから」

「仲良くしろ」

「……え?」

「隙、あったら……とるぞ」


 とるって、何? 盗る? 何を? 腕の中のアイラスを見下ろした。彼女も、意味がわかっていないようだった。……もしかして、アイラスを?




 なんで? と思ったけど、よく考えたら全然おかしくない。ザラムの大切な人は、生前はアイラスと同じ記憶、同じ魂を持っていた。違うのは、目覚めた後だけ。ほんのわずかな期間の、経験が違うだけ。彼がアイラスに惹かれない方が変だ。


 彼らの仲むつまじい姿を、生々しく想像してしまった。ロムは、心臓が縮みあがる思いがした。




「ダメ! そんなの、絶対ダメだ!」


 思わずアイラスを抱きしめた。ザラムをきつく睨みつけたけれど、顔は笑っていた。以前はよく見た、大人っぽい笑顔だった。最近は、そういう表情を見ていなかった。


 今から考えると、彼が歳に似合わない顔をするのは当然だった。一体何歳なのか知らないけれど、自分よりは遥かに年上であろうから。




「あ、あの……ロム……」


 控えめな声に、もう一度アイラスを見下ろした。彼女は耳まで真っ赤になって、下を向いていた。


「あっ……ごめ、ごめん……」


 あわてて、抱きしめた腕を離した。アイラスはうつむいて、相変わらずロムを見ていなかった。けれど、先程とは空気が変わっていた。


 ザラムが忍び笑う声が耳の届き、再び睨みつけた。彼は背を向けて、洞窟の奥に歩き始めていた。




「アイラス、揺れるな。ずっと、見てるから」


 意味深な言葉を残して、ザラムの背中が見えなくなった。あの人のところに行ったんだろうか。




「……今の、どういう意味?」

「エット……そうだネ。みんなにも説明しとかないと、ダメだよネ」


 アイラスは周りを見回した。


 ロムはハッとなった。明かりが一つだけで薄暗いとはいえ、いつのまにか周囲の事を忘れていた。立ち去ったザラムの他は、アイラスと自分の二人しかいない気になっていた。

 恐る恐るみんなの顔を見ると、ニコニコしたり、ニヤニヤしたり。全員がからかうような顔だった。


 彼らの見ている前で、アイラスをザラムと取り合い、彼女を強く抱きしめたのかと思うと、とても恥ずかしかった。

 アドルやホークは、周りなんて気にせず頻繁にくっつき合ってる。でもロムには、同じ事を平常心ではできない。




「……もう、やだ」

「エッ? 何が?」

「……何でもない。それで、説明って何?」

「あ、ウン。……えっとネ。ザラムは、ミアを諦めたわけじゃないノ」




 みんなから笑みが消えて、真剣な顔になった。

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