少女は呼び声を聞いた
「何をもめてたんだ?」
レヴィに聞かれ、アイラスはロムと顔を見合わせた。言う? どうする? そんな風に目で会話し、彼が頷いた。
「何を書くかわからないところがあって、聞いてたんだよ。外灯の炎の色を書けって言われたけど、俺には見えなかった」
「あれは魔法使いにしか見えねえよ。色で魔力の強さを測るんだ」
ああ、それで。侮蔑の視線の意味がわかった。魔力が低い者には灰色に見えるのか。
アイラスは腑に落ちてすっきりしたが、ロムはあからさまに不快な顔をした。
自分のために怒ってくれるのは嬉しいけれど、彼の気分を悪くさせてしまったのは良くない。といっても魔力が低いのは事実だから、仕方ないのだけど。
「これから別れて行動するノ?」
「そうね。今朝言った通り、この館では念話が使えないわ。時間毎に、皆ここに集まってね」
緊張した面持ちで頷くと、ニーナが優しく微笑んだ。
「そんなに固くならなくてもいいわよ。初めての集会だものね。珍しい料理もあるし、面白い話も聞けるわ。色々廻ってご覧なさい」
集会での注意点等は予め聞いていたので、それだけ言うと各々別れていった。
少し心細くなり、繋いでいたロムの手を握りしめた。
彼がこちらを向いて、アイラスの手を両手で包みこんだ。大丈夫だよと言われているようだった。
「お昼から何も食べてないから、お腹空いたよね。何か食べに行こうよ」
「ロムは、平気なノ? 知らない人ばかり、それも、魔法使いだらけ。怖くない?」
「魔法使いが怖いとは思わないよ。俺の知ってる魔法使いは、みんな優しいし。それに……」
「それに?」
「会話できるくらいの距離なら、遅れをとる事はないよ。……何かあっても、絶対守るから」
そう言って笑った彼の顔は、少し怖くて、少し頼もしかった。
料理をつまみながら、いろんな人に白い裂け目と悪魔について聞いてみた。といっても、主に話していたのはロムだった。知らない言葉を話す人にも、彼は平然と受け答えをしていた。
自分に付けてくれたアイラスという名前も、異国の言葉だったはずだ。彼は一体、何ヶ国語が話せるのだろう。
全く役に立っていない自分が情けなくなってきた。
ため息をついて、彼が取って来てくれた、やけに辛いお肉を口に放り込んだ。
「どうしたの?」
まだ口の中に、お肉が入っている状態で話しかけられて、あわてて飲み込んだ。
「う、うん。エェト……」
後ろ向きな発言をすべきじゃないかもしれない。そう思ったけれど、言葉を待つ彼の視線に負けて、ぽつりとつぶやいた。
「ロムばかり頑張ってて、私、何もできてないなって……」
「そんな事ないよ。アイラスが居なかったら、俺はここに来れなかったし」
「ただの人数合わせじゃない」
「でも俺、アイラスが一緒じゃないと、つまんないなぁ。ここにも来たくはなかったよ。お金にもならない情報収集なんて、面倒だし」
普段からは考えられないセリフに驚いて、顔を上げてロムを見た。
彼は少し赤い顔で、にこにこと笑ってアイラスを見つめていた。顔が近い。前にもこんな事があった。
「ロム、お酒飲んだノ?」
「うん。すすめられて、断れなくて」
そう言って襟元をゆるめた。なんとなく恥ずかしくて、目をそらした。
ロムはお酒には強いのだけど、機嫌が良くなって積極的になる。ついでに正直にもなるようだ。
「面倒なんて、みんなの前じゃ言っちゃだめだヨ?」
「うん、わかってる。アイラスにしか言わない。内緒にしておいてね?」
顔をのぞきこまれ、頼まれた。目が潤んでいる。近いって!
アイラスは声が出せず、こくこくと必死で頷いた。
「……どうしよう」
ロムは急に困った顔になって、目を伏せてつぶやいた。まつ毛が長くて色っぽい。
「ど、どうしたノ?」
再び視線を向けられ、真剣な顔がさらに近づいて来た。お酒の香りがして、クラクラした。
顔はアイラスの横を通り過ぎ、耳元でささやかれた。
「キスしたくなっちゃった」
「……は? エッ? ダ、ダメだヨ! 周りにも人、いっぱいじゃない!」
「じゃあ、誰も居ないところに行こう」
「エ……」
ロムはアイラスの手から、空になったお皿を取ってテーブルの上に置いた。手をぐいと引っ張られ、部屋のドアまで軽い足取りで歩き始めた。
「ちょっ……ちょっと、待って……!」
アイラスの懇願なんぞ聞いちゃいない。二人がドアに近づくと、そばに控えていた執事が流れるような仕草でドアを開けてくれた。
冷たい空気が火照っていた身体に当たり、気持ち良かった。
気付くと、ロムの足取りが重くなっていた。
立ち止まって振り返った彼は、真っ赤になっていた。
「ごめん……俺、何考えてたんだろ……」
あ、正気に戻ってる。ほっとしたと同時にがっかりした。いや、何を期待していたのか。
「戻ろう」
「ううん、少し休みたい。どこか座れるところ、無いかな」
ロムと一緒に辺りを見回し、廊下の途中にあるソファを見つけた。二人でそこに座り、二人同時にため息をついた。
「ロムも、疲れてたノ?」
「アイラスも?」
「うん、ずっと立ちっぱなしだったから」
「寒くない?」
「大丈夫。さっきのお肉、すごく辛くて。身体がポカポカしてたノ」
「えっ、辛いの、苦手? 無理して全部食べなくても、言ってくれればよかったのに」
「残すと悪いかなって……」
ロムが黙り込んでしまった。自分を責めているのかもしれない。
「ロムのせいじゃないヨ! 私も、辛い物が苦手とか思ってなくて、びっくりしちゃった。……ほら、保護区でもニーナのとこでも、そういうのって出ないじゃない?」
香辛料は高価で、ほとんど使われていない。ニーナの館が豪華なのは、与えた王の希望でそうなっただけで、彼女自身は質素を重んじていた。
「ロムは、辛いの平気なノ?」
「うん。シンではね、よく生のお魚を食べてたんだ。その時に、抗菌作用のある香辛料を付けるんだよ。初めて食べた時は辛かったけど、もう慣れちゃった」
「食べてみたいな。私も辛いの、慣れるかなぁ……」
「それより、海辺じゃないと生食は難しいかなぁ。川魚だと、お腹壊すから」
些細な事を話すだけで、とても楽しかった。情報収集のためじゃなく、この場に来られていたら、もっと楽しかっただろうなと思う。
ふと、誰かが呼ぶ声がした。いや、声じゃない。心? 念話の使えないこの館で、一体誰が自分を呼べるのだろう。
アイラスは、ふらふらと立ち上がった。
遠くでロムの呼ぶ声が聞こえたが、それより心に響く声の方が大きかった。
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