少女は集会場へ着いた

 どこが会場なのかと聞くまでもなかった。暗い森の中にぽつんと、柔らかい光に照らされた館が見えていた。

 灯りではなく、建物自体がぼんやりと発光しているので、魔法の光なのだと思う。


 ニーナが持つ杖に、同じような柔らかい光が灯された、足元の雪を見ると、館に向かって多くの足跡で踏み固められていた。




 アイラス達に少し遅れて、転移してきたグループがあった。ニーナが軽く会釈をし、向こうも片手を上げて挨拶してきた。


 その中の一人、顔に深いシワが刻まれたおばあさんが、ニーナのそばまで寄ってきた。


「久しいねェ。今年はやけに賑やかじゃないか」

「ええ、新しく街に来た子が居てね」


 アイラス達の方を見ながらそう言うので、あわててお辞儀をした。


「よ、よろしくお願いします!」

「おや、可愛らしい子だねエ。ニーナにいじめられていないかい?」

「は、はい! あっ、違います! 大丈夫です!」

「人聞きの悪い事言わないでよ。さ、行きましょう」


 嫌味を言うおばあさんを一瞥し、ニーナはさっさと歩き始めた。




「お知り合いですか?」


 ニーナを追いかけながら、ロムが聞いた。


「こーんな小さな頃だったかしらね、少し面倒を見てあげた事があるの」


 とんでもない事を、何でもないように言うので驚いた。改めてニーナが不老である事を再認識した。


 彼女は何歳なんだろうか。トールのように、永遠の生に絶望したりはしないんだろうか。




 美しい彼女の横顔をじっと見つめた。まだ少女のように見えるが、アイラスよりは少し大きい。

 『神の子』となった白い魔法使いは、成長が極めてゆっくりになり、成人する頃の姿になると、完全に止まってしまうと聞いた。

 ニーナの姿は、16歳くらいになるのだろうか。


 トールはそれより幼く、自分やロムと同じくらいの年頃に見える。まだ少しずつ成長しているのだろうか。

 いや、彼は本来虎なのだから、その辺りの事情は少し違うかもしれない。






 考えながら歩いていると、館の門に着いた。


 門の側には机がいくつか置いてあり、その上に紙とペンがあった。門を通る人はみな、そこに自分と連れの名前を書き込んでいる。アイラスも自分とロムの名前を書き込むのだと思う。


 自分の順番がやってきて用紙に書き込んでいくと、一ヶ所だけ何を書けばいいかわからない欄があった。

 手を止めたので、ロムが心配そうにのぞきこんできた。


「どうしたの?」

「ここ、何を書くのかわからないノ……」


 助けを求めてニーナを探すと、別の机でザラムと何か話していた。ホークはアドルと一緒にさっさと先に進んでしまっていた。




「ちょっと? 早くなさいよ」


 後ろに並んでいた女性に急かされ、アイラスは焦った。


「あ……ごめんなさい……えぇっと……」


 言いよどんだアイラスをかばうように押しのけ、ロムが机の上の用紙を持ち上げた。


「すみません。今回が初参加なので、ここに何を記入すればいいか、わからないんです。教えて頂けませんか?」

「あら……まあ、それなら、仕方ないわね……」


 女性が顔を赤らめ、髪を整えるような仕草をした。アイラスはピンときた。




 ――ロムに見惚れてるんだ。




 何故そう思ったのかと聞かれてもわからない。女の勘がそう教えてくれた。

 ロムはカッコイイから仕方ない。そう思っても、アイラスはなんだかモヤモヤした。




「あそこを御覧なさい」


 女性が指さす方向に目を向けると、館の庭に外灯がぽつんとあった。その中で灰色の炎が揺れている。魔法の炎のように見えた。


「あの炎の色を書くのよ。嘘を書いてもバレるから、正直にね」

「炎…?」

「あなたには見えなくても、彼女には見えているはずよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 ロムと一緒に頭を下げた。


 女性は媚びるようにロムに笑いかけ、アイラスが書き終えた用紙をちらっと見た。


「あら……灰色? へぇ……ふぅん……」


 バカにするような視線がアイラスに向けられた。顔に企むような笑みが浮かび、毒々しい赤紫の唇がひときわ目立っていた。一体なんなんだろう。




「ねえあなた、こんな子に仕えていても、つまらないでしょ? うちに来ない?」

「……え?」

「エッ?」


 女性がロムに手を差し伸べた。ちょっと待ってとアイラスが声を上げる前に、乾いた音が響いた。




 ロムが女性の手を払いのけていた。


「教えて頂いた事は感謝します。でも、主を侮辱する事は、お止め下さい。……行きましょう」


 そう言ってアイラスの手を取り、館の玄関に向かって歩き始めた。


 後ろをちらりと振り向くと、女性が叩かれた手を抑えてワナワナと震えていた。すごく怒っている。可愛さ余って憎さ百倍になったりしないだろうか。もしロムに何か危害が及ぶ事にでもなったら、自分は彼を守れるだろうか。




「ロ、ロム……待って……」


 ロムが立ち止まって手を離した。

 アイラスは不安を口に出そうとして、止めた。あの女性を疑う事は、彼女が自分に言った事とそんなに変わらない気がする。代わりに、別の事を言った。


「……主って?」

「一応従者って事になってるんだから、そういう風に振る舞った方がいいかなと思って。……変だった?」

「そんな事ないヨ! すごく、カッコよかった。かばってくれて、ありがとう」


 素直にお礼を言うと、ロムは少し恥ずかしそうに笑った。




「何なりと、お申し付け下さい。お嬢様」


 ロムは胸元に手を当てて、仰々しく頭を下げた。騎士の礼服を着た彼にそう言われると、本当にお姫様になったような気がしてくる。


「苦しゅうない」


 アイラスも、我ながら固いと思うセリフと仕草で、手を差し出した。

 二人とも笑いをこらえていた。




 差し出したアイラスの手を再びロムが取り、二人は玄関から館の中に入った。

 その先に、他の6人が待っていた。

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