少年は夜道を歩いた
「レヴィさん! 迎えに来てくれたんですか?」
アドルは嬉しそうに駆け寄ったが、ロムは不安が高速で脳裏をめぐった。
なぜレヴィは前触れなく迎えに来たんだろう。遅くなる事は連絡済みだし、アイラスとアドル以外は暗くても平気なのに。
帰ってからだと話せない事でも言いに来たんだろうか。
それは何だろうと考えるまでもなかった。今日やった事でレヴィに問い詰められる事は一つしかない。
彼女なら気づいていてもおかしくない。資料室に潜り込んだ事を。今回、自分が企んだ事の全てを。
根拠は何もないのだけど、彼女は色々と別格だ。
「どうしたロム? 顔色が悪いな?」
ほら、この楽しそうな声。何もかもお見通しだって感じがひしひしとする。
いつから気付いていたんだろう。
アイラスが自分でポスターを届けたいと言った時、すんなり通ったなと少しだけ違和感があった。その時から、こうなる事を予測していたんだろうか。
いや、もっと前かもしれない。
一昨日の美術室で、アドルの様子がおかしかった時。彼女なら気づいていたかもしれない。帰路で、いつもしつこいアドルが全然話しかけて来なかった事なんて、気づくなという方が無理だ。
だとしたら、その時に後ろで自分達が話していた事も、バレていた可能性が高い。
自分はレヴィの手の平で踊っていただけなのかも。そう考えたら、背筋が凍る思いがした。
「ビビんなって。別に咎めやしねえよ」
あからさまに安堵すると、レヴィが楽しそうに笑った。ロムとしては面白くないが、返す言葉は出てこなかった。
「とにかく帰るぞ。みんな心配してる。俺はただ、お前らを迎えに来ただけだ」
ロムはため息をついて、歩き始めたレヴィの後を追った。
「レヴィは知ってたの? アドルとホーク先生の事」
「……何の話だか、わかんねえな」
「え……でも、さっき、咎めないって……」
「帰りが遅くなった事だよ」
レヴィは、ロムの言葉を遮るように言った。
そんな事、行く前から分かっていたのだから、咎めるとか咎めないとかないだろう。彼女が感づいているというのは、自分の勘違いなんだろうか。
彼女の声も急に冷たくなった気がする。後ろ姿を見ても、彼女は振り返りもせず、歩く速度も変わらなかった。
どう話を続けていいのかわからず、迷子になったように途方に暮れた。
隣を歩いていたアイラスが、背中をぽんと叩いてきた。
顔を向けると、少し困ったような顔で笑いかけられた。彼女は何も言わず、足を速めてレヴィの隣に並んだ。
「ポスター、いい出来だって褒めてもらえたヨ!」
「そうか。良かったな」
「何言ってんノ? レヴィも一緒に描いたじゃない」
そのまま二人は、絵の話を初めてしまった。
レヴィのセリフも、アイラスの笑顔も、ロムには意味がよくわからなかった。
アドルとホークの秘密は口に出すなという意味なんだろうか。
確かに自分達が知っていい情報ではなかったと思う。でもレヴィは咎めないと言った。怒ってはいないのだと思う。
秘密を暴いた事は悪くなかった。多分、アドルのために。でもそれを口に出してはならない。それもきっと、アドルのために。
ロムは立ち止まって、後ろを歩いていたザラムとトールを振り返った。
「どうしたのじゃ? レヴィに何か言われたかの?」
「ううん、なんでもない。……アドルって、愛されてるよね」
トールはぽかんとしていたが、ザラムは頷いたようだった。
ロムは独り言をつぶやくように言った。
「今日俺達が知った秘密は、絶対誰にも言っちゃダメだよね……」
「何を言うておる。当然じゃろうが」
「……そうだよね。当たり前だよね」
前を歩くアドルを見た。一昨日と同じで、レヴィを真ん中にして両脇にアイラスとアドルが並んで歩いていた。
ただ今は、アドルはレヴィに話しかけている。その嬉しそうな顔は、いつもの彼だった。
それだけでも、苦労したかいがあった。アドルは何も変わらないと言ったけれど、そんな事は絶対にない。
悪い事ばかりは続かない。きっと白い悪魔の事だって、何とかなる。何の根拠もなかったけど、ロムはそう信じていた。
それから後、白い裂け目は時々出現したが、白い悪魔が現れる頻度は減っていた。裂け目は近づかなければ無害で、移動することも、大きくなることもなかった。
もし誰かが取り込まれて悪魔に変わっても、一般人は襲われにくいし魔法使いは対処を心得ている。
翼を斬り落とせば元に戻るので、見回りの騎士団も処理に慣れてきていた。
出現した裂け目は、ニーナかトールなら、消すことができた。周囲の空間ごと、削り取るとかなんとか言っていた。
シンが沈められたのも、同じ原理だったのかもしれない。
ロムは覚えてなかったけれど、ニーナがシンの生き残りの子供達に聞いた話だと、海の水がシンのあった場所に向かって流れていたそうだ。
まるで島が、周囲の空間ごと消えてしまったかのように。
ただ、白い裂け目が現れる原因だけは、不明なままだった。
結局そのまま、魔法使いの集会の時期がやってきていた。
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