少年は再び帰路に着いた

「アドル、大丈夫かな……」

「中を監視しておいた方がいいかのう?」


 ドアに手を伸ばしかけたトールを、ザラムが険しい顔で止めた。


「止めろ」

「……冗談じゃ」


 少し憮然とした表情でトールが返した。今度は彼らが険悪な関係になるのかと心配したが、トールはすぐ表情を戻してザラムに話しかけた。




「今回の事はザラムの功績じゃの」

「……オレ? なぜ?」

「最初にアドルの様子がおかしい事に気が付いたのは、おぬしと聞いておる。それに今、引き返して話ができておるのも、おぬしのおかげじゃ」

「別に……オレ、関係ない。……オレ、言わなくても、行動してた。アドルなら。……ちょっと、早く、なった……かも、しれないけど……」


 ザラムがいつもより長く話している気がする。必死で言い訳しているように聞こえて、なんだかおかしかった。






 それほど長くは待たず、部屋のドアが開いた。アドルが先に出てきて、その後からホークが姿を見せた。


「アドル! ……もういいの? 話したい事、話せた?」

「うん……」


 アドルが顔を伏せて小さな声で返事をした。その目が赤くなっていたので驚いた。泣き声なんて聞こえなかったのに。


「先生?」


 責めるようにホークを睨むと、アドルがあわてて顔を上げた。


「いや、兄上は……あ、えっと、先生は、悪くないから! それに……悲しくて涙が出たわけじゃないし……僕、嬉しくて……」


 そう言いながら、アドルの目の端に涙が湧いてきた。本人もそれに気づいて、手の甲でごしごしと拭った。


「大丈夫! 僕、もう、大丈夫だから……」




 アドルはホークに向き合って、頭を下げた。


「先生。今日は、ありがとうございました」

「その呼び方も、敬語も、次からでいいから。ここに居る皆は知っているのだからね。……まだ、他人行儀はしてほしくないな」

「は、はい……あ、ちが……その……」


 彼は少し恥ずかしそうにうつむいた。みんなが優しい目で見守る中、上げた顔は輝いているように見えた。


「……ありがとう、兄上!」






 再び帰路に着いて、アドルはまたゆっくりと話し始めた。歩みも遅かった。急いだほうがいいのかもしれない。でも今は、そんな事はどうでもよかった。


「兄上ね、ずっと僕に謝りたかったんだって。それは僕の方だったのに。兄弟で同じ事考えていたなんて、変だよね」

「そんな事ないヨ。お互いがお互いを大事に思ってたって事じゃない」


 アイラスの言葉に、アドルが嬉しそうに笑った。柔らかい魔法の光に照らされた彼の顔は、とても美しかった。




「今後はどうなるのじゃ?」

「前にも言った通り、何も変わらないよ。ただ、時々会いに来てくれるって。僕が保護区に行くわけには、中々いかないからね」


 いや、前に見舞いに来たじゃないか。そのせいで変な噂が立って大変なんだけど。そう責めたい気持ちを、ぐっと我慢した。




「ニーナの館まで来てくれるノ?」

「今はそうだけど……僕が城に戻ったら城に、かな」

「城に、入れるノ?」


 追い返されそうになった事のあるアイラスが、心配そうに言った。ロムも同じ心配をした。


「今までも、城にはよく足を運んでたんだって。城下の情報を提供してくれる組織があると聞いてたんだけど、その代表が兄上だったんだよ。追放された後も、尽くしてくれていたんだね」


 アドルは顔を輝かせて語ったけれど、ロムは内心、裏社会の元締めかよと突っ込んだ。それもまた、ホークにすごく似合いそうだと思った。

 情報は力だ。レヴィと画商の間を取り持ったり、大型討伐や叙任式にやたらと詳しかった事も、そういう力と情報網を持っていたからだとわかると、納得がいった。


 でも情報提供なんて無報酬でやる事じゃないし、彼の言う尽くすという言葉は何か違う気がする。でも、そこを言及するのは無粋だと思って黙っていた。




「兄上ね、とても顔が広いみたいなんだ。王家の肩書なんか無くても、人の信頼を集められるんだ! すごいよね!」


 アドルの兄自慢はとどまるところを知らず、やっぱり言っちゃおうかなと考えていたら、前方から誰かが歩いてくる気配があった。




 今日みたいな月のない夜を出歩く輩に、真っ当な者は居ない。ザラムもそれに気づいていた。二人はみんなより前に出て、無言で行く先を制した。




「その警戒は正解だ。今は勘違いだがな」




 現れた人物は、レヴィだった。

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