少年は引き返した

 アドルがまだ返事をしていないのに、ザラムは手を引っ張って歩き始めようとしていた。

 アドルは倒れそうになりながら踏ん張った。


「ちょっ……ちょっと待ってよ! ……今から? また、保護区に行くの? もうすぐ、真っ暗になっちゃうよ?」

「闇、オレ、関係ない。道、わかる」


 ザラムは保護区への道と、帰り道の事を言ったのだと思う。でもロムには、アドル自身を導こうとしているように思えた。




 アドルの視線はザラムを通り越して先を見た。その道はホークの居る保護区へ続いている。


 アイラスがアドルの空いた手を握った。


「そうだヨ、行こう! 次、いつ行けるか、わかんないでしょ?」

「でも……暗くなったら、門だって、閉められちゃうんじゃないの?」

「他に入れる場所を知ってるから、大丈夫。俺、真夜中に帰宅した事あるし」

「……ロムは悪い事ばっかりしているんだね」

「資料室に忍び込んだ事よりはマシだと思うけど?」




 まだ決心がつかないアドルに、ロムは重ねて言った。


「まだ6時だよ。夏なら日没前だし、晩ご飯には遅れちゃうけど……前もって連絡しとけば、大丈夫だよ」

「決まりじゃな。急ぐぞ」


 トールは言い終わる前に引き返し始めていた。ロムも追って歩き始めた。




「……待って! 僕……僕も、行くから!」






 保護区に着く前に、夜のとばりがあたりを覆ってしまった。今日は雲が出ているせいか、空にあるはずの上弦の月も見えない。

 アイラスが何度もつまづくので、トールが魔法で光を灯していた。




「先生は、今の時間なら晩ご飯かな? それとも自分の部屋に戻ってるかな……」

「着いたら二手に分かれよう。僕とザラムは食堂に行くから、ロム達は先生の部屋に行ってみて。もしそっちで見つけたら、トールからザラムに連絡してね」


 アドルが勝手に決めてしまったので驚いた。しかもあんなに嫌っていたザラムと自分をペアにしている。

 アイラスが、同じように驚いた顔を向けてきて、こっそりささやいた。


「ザラムに対する気持ち、少し変わった……のかな?」

「だよね。嫌ってた事、他は誰も気づいてないみたいだから、みんなには秘密にしておこう」


 嬉しそうに笑うアイラスに、ロムも笑って返した。

 でも彼女は夜目が利かないから、見えてないかもしれないなと思った。光はアイラスの足元にあり、自分は彼女の影になっていたから。






 保護区に着くと、門は閉まっていたが開けてもらえた。ロムの知る抜け道を通る必要はなかった。


 予定通り二手に分かれたが、ロム達がホークの部屋につく前にトールが立ち止まった。


「見つかったそうじゃ」

「晩ご飯食べてたのかな?」

「いや、あやつが部屋に戻る途中に出くわしたそうじゃ。今こちらに向かっておる。わしらはこのまま行って、部屋の前で待とう」






 ホークの部屋の前で待っていると、ほどなくしてアドル達がやってきた。ホークが先頭でロウソク灯を持ち、その後ろをアドルとザラムが歩いていた。


 こちらはトールが放つ魔法の光で照らされている。廊下の向こうから気づいたホークが、ため息をついているのがわかった。




 近くまで来ると、ホークが持つロウソク灯は、資料室で見た管理人が持っていた物と同じだとわかった。

 持つ人が変わると随分印象が違うなと思った。揺れる光に照らされたホークは、とても美しかったから。


 彼は呆れた顔で口を開いた。


「君達も……?」


 問いかけは途中までだったが、何を聞こうとしているかは分かった。

 ロム達は顔を見合わせ、頷いた。


「どうして分かったんだい? 知る人は誰も口を割らないだろうし、記録も残っていないはずなのだけど」

「それは……えっと……」


 またあの部屋に忍び込んだと話したら、叱られるだろうか。

 入居前情報の欄が未記入である事を、ホーク自身も知っているようだから、魔法を使った事を話す事になるかもしれない。それを言っていいのかどうか、ロムには判断できなかった。


 言葉に詰まったロムを押し退けて、トールが前に出た。


「言う必要はなかろう」


 反論を許さない口調で言い放った。彼は相変わらずホークが嫌いなのかなと、ロムは苦笑した。


「とにかくおぬしは、アドルの話を聞くのじゃ。わしらは外で待っておるでな」

「参ったな……」


 ホークの心底困ったような顔を見ると、ロムは何となく気持ちがすっとした。だっていつもは、自分が困らされる側だから。

 内心そう思いながら、部屋に入っていくホークとアドルを見送った。




 ドアが閉まる直前、アドルがロムの方をちらっと見た。不安そうな目をしていたので、ロムは無言で強く頷いた。


 ――がんばれ!


 そう思った事は、伝わっただろうか。こんな時は、心の底から魔法使いがうらやましくなった。

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