少年は昔話を聞いた
「兄って……第一皇子? 死んだんじゃなかったの?」
少なくとも、ロムはそう聞いていた。
「公には、十五年前に亡くなった事になっているよ」
「先生が保護区に入った時……?」
「うん。そういう事」
「おぬしは最初から、あやつが兄ではと疑っておったのか?」
アドルは申し訳なさそうに頷き、止めていた歩みを進めた。他の四人も、後を追うように歩き始めた。
アドルはゆっくり歩きながら、ゆっくり話し始めた。
「僕ね、ずっと王位を継ぐのが嫌で。兄上の肖像画を見ては、よく聞いていたんだ。なぜ兄上は死んでしまったの? 生きていれば、僕は王にならなくて済んだのにってね。だから、僕が大人になった時……」
「え、アドルって十四歳だよネ?」
「成人じゃなくて、身体が大人になった時だよ」
アイラスが目をパチクリさせている。ロムにはもう意味がわかっていた。なんて言えばいいんだと悩んでいたら、アドルが先に言ってしまった。
「精通だよ」
あっと思った時には、アイラスは真っ赤になっていた。その顔を見て、アドルもようやく理解した。
「ごめん。ちょっと生々しい話だったね……」
「だ、大丈夫デス……続けてクダサイ……」
なんで急に敬語なの。アイラスの混乱具合が伝わってきた。アドルは笑顔を取り繕って続けた。
「うん、まあ、その時にね、宮廷魔術師が教えてくれたんだ。兄上は生きている。でも、王位を継ぐにはふさわしくないから、追放されたんだって」
ホークが王にふさわしくないとは思えない。むしろ就任した姿が容易に想像できる。
いや待った。ホークは魔法使いだから、王位には就けない。ふさわしくないのはそこか。
ということは、アドルが魔法使いにならないと確定した時、つまり彼が確実に王位を継げるようになってから真実を告げたという事になる。いかにも大人らしいやり方を嫌悪した。
まあ、ずっと隠しておく事もできたのに、教えてくれただけでも優しいと言えるのか。
「宮廷魔術師とは懇意にしておったのか?」
「仲が良かったのは僕じゃないよ。あの人、小さい頃から城に居て、歳の近い兄上と親しかったんだって。だから、兄上が居なくなった後に生まれた僕を、弟のように可愛がってくれた」
一瞬だけ、アドルの顔が辛そうに歪んだのを、ロムは見逃さなかった。宮廷魔術師が亡くなった時、彼も泣いたんだろうか。
騎士見習いを対象に護衛の募集がかけられて、アドルはレヴィに会いたくて志願したんだろうと、偏見の目で見ていた。
でも多分そうじゃない。もう二度と犠牲者を出したくない。そう思って来てくれたのだと思う。
「教えられた時は意味がわからなかったけど、今ならわかる。魔法使いになったからだったんだね。それで兄上は、王位を継げなくなって追放されたんだ」
理不尽な掟だと思った。似たような掟の中で生まれ育ったロムは、ホークやアドルの境遇が、他人事とは思えなくなっていた。
「でもなんで、先生がお兄さんカモって思ったノ?」
「誕生会であの人を見かけた時、保護区出身で年齢も合うなって気にかけててさ。一昨日、美術室で会った時に確かめたんだよ」
「何を?」
「ほくろだよ」
アドルがうなじの髪をかき上げると、襟足に三角のほくろがのぞいた。
「僕と同じ位置に、同じほくろがあるって聞いていたから。あの人、髪を後ろにはらう癖があるでしょ? 確認しやすかったよ」
そう言って、いたずらっぽく笑った。その笑顔につられて、ロムも意地悪く言ってしまった。
「そこまでわかってたなら、調べなくてもよかったんじゃない? 結構、苦労したんだけどなぁ……」
「ごめんごめん。なんだか信じられなくて。偶然かもしれないし……確定情報が欲しかったんだ」
ニコニコ笑いながら言うアドルは、いつもの顔に戻っていた。
「これから、どうするの?」
「どうもしないよ。本当は、城に戻れるように働きかけようと思っていたけど……」
アドルは困ったように笑った。
「魔法使いであることは、変えられないものね」
「魔法使いでのうなれば、あやつは戻れるのか?」
トールの言葉に、ロムははっとなった。
魔法使いが白い悪魔になった後に翼を斬り落とされると、魔力も魔法の知識も消えて、ただの人に戻る。彼が言いたいのはその事かもしれない。
「ダメだよ! それだけは、絶対にダメだ!」
つい声を荒げてしまい、アドルが怪訝な顔をした。
「何? どういう事?」
一瞬、言うかどうか迷った。でもアドルはそういう事は絶対しない。そう信じて、ロムは説明した。イライラした気持ちが言葉に出ないように気を付けた。
言い終わる頃、アドルは険しい顔になっていた。
「そんな危ない事、できるわけない! それに兄上だって、魔法使いが嫌なわけない。だってそうでしょ? 与えられた『真の名』を受け入れて初めて、魔法使いになるんでしょ? 望んでなったはずなんだ……」
「すまぬ。そういうつもりではなかった……」
トールは申し訳なさそうな顔で謝ったが、ロムは彼をにらみつけた。
彼が考えているのは、自分自身の事じゃないだろうか。自分が魔法使いをやめたいんじゃないだろうか。
トールにだって、そんな危険な事をしてほしくない。
そう言いかけたロムの手に、アイラスの手が重なった。振り向くと、彼女は悲しそうな顔で首を横に振った。
「ねえ、アドル」
そう言ったアイラスの声は、とても優しかった。
「アドルは前から、先生が魔法使いだって知ってたんだよネ? それなのに、なんで確かめたかったノ? 戻れないとわかってたのに、どうして? ……本当はお兄さんに、会いたかっただけじゃないノ?」
アドルは目を閉じて、首を横に振った。
「でも……兄上は僕を避けている。一昨日も、今日も、一度も僕の方を見なかった。きっと恨んでいるよ……王家を……国を……」
「そんな事ない。だってそれなら、この街で教師になんかならないヨ。この国の未来を担う子供達に、あんなに優しくできるわけない。心に恨みを持つ人が、誰かに優しくなんて、できないから……」
アドルが目を開き、すがるようにアイラスを見た。その目は揺れていて、心も揺れているようだった。
「行こう。今すぐ」
今まで一言も話さなかったザラムが、アドルの手を掴んで言った。
「えっ……どこに?」
「お前の兄に、会いに」
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