少年は過去の秘密を見た
「15年前……9歳で入居。これだけじゃ、アドルもわかんないよね」
15年前という部分に、ロムは少し違和感を覚えた。アドルは14歳だ。彼が生まれる前に入居したホークの事を、本当に知っているんだろうか。
「ちと試してみるかの……」
「何? ……魔法?」
「うむ。アイラスが以前、墓場で使うた魔法じゃ。ホークが入居した頃、この部屋で強い想いを持った者がおれば、何か映るやもしれぬ」
「それ、前に倒れたやつだよね? 大丈夫? それに魔法を使ったら先生にバレない? あの時は水に映したけど、今は水なんか無いし、取りに行く余裕もないよ?」
焦りのせいか、ロムは早口でまくし立てた。トールは笑って頷いた。
「魔力は大丈夫じゃ。ニーナの部屋にかけてある隠蔽の魔法を使うでの、バレる心配もない。映すのは、ほれ」
トールはロムの背後の窓を示した。
「ガラスなら同じ原理で映る。問題は、強い想いを残した者がおらんかった場合じゃが……まあ、やってみるしかないの」
トールが床に手をつき、言霊を唱えた。ふわっと包まれる感覚があった。
「隠蔽の魔法? それ自体がバレたりしない?」
「問題ない。次が本番じゃ」
そう言ってトールは窓の前に行き、長い言霊を唱えた。
「何も映らないね……」
「あやつが入居した日には、思念が残っておらんようじゃ。少しずつ時を進めてみよう」
トールが続けて言霊を唱えた。
何度か繰り返した後、窓に明るい部屋が映った。そして、奥のドアが開いた。
幻と思っていても、ロムは心臓が縮む思いがして振り返った。当然、ドアは閉まったままだった。
そもそも、ガラスに映ったドアなら左右反対に開くし、外でザラムが見張っているのだから、前触れなく開くはずがない。
窓に視線を戻すと、保護区の管理人が部屋に入ってくる姿が映っていた。
手に持つロウソク灯に下から照らされ、顔が一段と不気味になっていた。アイラスが見たら悲鳴を上げそうだ。
今より若いはずだが、表情が暗いせいか余りそうは見えない。眼光に、ロムの知る鋭さもなかった。
確かこの魔法で音は出なかったはずだ。何か話すかもしれないと思い、口元を凝視した。
その口が小さく開かれ、彼女は長いため息をついた。
机にロウソク灯を置き、手前の引き出しから用紙を一枚取り出した。椅子に座ってペンを取り、一番上にホークと書き込んだ。
「先生の書類だ……」
管理人はどんどん項目を書き込んでいった。内容は、ロムが手に持つ書類と同じだった。
それじゃあ意味がない。入居前情報には何も書かれてなかったのだから。独り言でもつぶやいてくれないかな。ロムはすがるように期待して、また口元に注目した。
入居前情報の欄にペン先が移動した。え? と思って視線を移すと、さらさらと何かが書きこまれた。
「……ガウェイン?」
そこでペンが止まり、彼女は首を横に振った。再びため息をつき、書類をロウソクの炎にかざした。紙は勢いよく燃え始め、そのまま金属製のゴミ箱に捨てられた。
管理人は引き出しから新たな用紙を取り出し、また書き込み始めた。今度は、入居前情報の欄には何も書かなかった。
書き終わった書類を、先程ロムとトールが調べていた壁の引き出しに入れ、彼女はロウソク灯を持って部屋を出て行った。
ドアが閉まると同時に窓から明るさが消え、薄暗くなった外の景色が見えるようになった。
「ガウェイン……って、人の名前、だよね?」
「おそらくのう……」
ホークの入居前の名前だろう。素性を隠しているのなら、改名くらいはしているだろうと思っていた。
ガウェインというのは、この地方の古い言葉で白い鷹という意味だったと思う。そしてホークというのは、東の大陸の言葉で鷹という意味だ。
似た意味を持つ別の言葉に改名したと考えると、しっくりくる。
ロムの思考を遮るように、ドアが三回ノックされた。誰かが近づいているという、ザラムからの合図だ。
「魔法は全部解いておいてね」
「わかっておる」
打合せ通り内側からドアの鍵をかけ、手に持ったままだった書類を引き出しに戻した。
トールは窓を開け、猫の姿になった。彼が首の後ろにしがみついたのを確認して、ロムは窓から出て壁に張り付いた。
すでに日は落ち、物音を立てなければ見つかる可能性も低かった。
ここは三階だから、窓を開けたままにしておいても誰かが出入りしたとは考えにくい。
部屋は頻繁に利用されているようだから、前に使った人が窓を閉め忘れたと思われるだけだろう。
ロムは音もなく、雨どいを伝って下まで降りた。
そのまま人目を避け、宿舎へ向かった。
資料室を出てすぐ、トールからアイラスに連絡してもらっていたので、彼女とアドルが宿舎の前で待っていた。少し遅れて、ザラムも来た。
「上手くいったノ?」
「うん、まあ……十分とは言えないけど……。今日は遅いからこれ以上無理だし、帰りながら話すよ」
「何か……わかった?」
歩きながら、アドルが期待と不安が入り交じった声で聞いてきた。
わかったのは名前だけ。ロムは聞いた事がない。アドルはこれだけでわかるだろうか。
「ごめん。名前しか、わからなかった。姓があるかどうかもわからない」
言いながら、ロムは考えた。必要があれば、次は管理人を調べるしかない。あの人ならホークの素性を知っているだろう。ただ、拷問にかけても口を割りそうにないけれど。
「入居前情報、名前しか書いてなかったノ?」
「いや、空欄じゃった。わしが過去の思念を探った」
「あの魔法、使ったノ? ……大丈夫だった?」
トールは頷き、話を続けた。
「ホークが入居した数日後、管理人があやつの書類を作っておる姿が見えた。一度入居前情報に名を書きかけたが、途中で止めて破棄しおった」
「その名前は……?」
アドルから問いを受けて、トールは不安そうな顔をロムに向けた。その目が、言っていいのかと聞いていた。
その意図がアドルにも伝わったのか、再び口を開いた。
「大丈夫。今更、ここに居るみんなに秘密にしたくないから……言って」
本人にそう言われ、トールは遠慮がちに口を開いた。
「……ガウェイン」
アドルの顔が凍りついたように固まった。知っているのかと聞くまでもなかった。
「誰なのか、聞いても大丈夫? ……もちろん、言いたくないなら、言わなくていいから」
アドルは目を閉じて、首を強く横に振った。その否定はどっちなんだろう。聞いてもいい事に対してなのか、言わなくてもいい事に対してなのか。
アドルは長い事、無言だった。全員が足を止めて、彼の反応を待った。
「……ガウェイン……ガウェイン・マクライアン。僕の……兄上だよ」
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