集会
少女は物足りなさを感じた
ニーナの館に移り住んで、一ヶ月半が経っていた。
生活は安定し、当初あんなに怖がっていた白い悪魔もほとんど出なくなっていた。
いや、白い裂け目の目撃情報はある。でも、それに引き込まれて姿を変えられてしまう人は少なくなっていた。
相変わらず原因は不明だったが、もうすぐ魔法使いの集会がある。きっとそこで何かわかる。根拠はないけれど、そう信じていた。
一つの不安が解消されると、別の不安が頭をもたげてくる。今、アイラスが一番不安に思っているのは、グリフィスに頼まれた絵の事だった。
今日も朝から、ほとんど完成した絵と向き合っていた。
「どうしたの? 難しい顔して」
急に背後から話しかけられて、アイラスは飛び上がるほど驚いた。その様子に、声をかけたロムの方も驚いていた。
「ご、ごめん。驚かせちゃった?」
「う、ううん。大丈夫……ちょっと、考え事してたから……」
彼が部屋に入ってきた音にすら気づいてなかった。
画廊として使わせてもらっている部屋にはレヴィも居る。デッサンを描いている彼女をちらりと見て、気づいてないわけないだろうから、教えてくれたっていいのにと責任転嫁した。
ロムがアイラスの肩越しに絵をのぞきこんで、感嘆のため息をもらした。
「わぁ、すごい……。完成したの?」
「う……ん……」
曖昧に頷いて、思い直して首を横に振った。
「ううん、ダメなノ。何か、足りない……」
「よく描けてると思うけどなぁ。ドレスは綺麗だし、表情も優しくて、見てるとこっちまで暖かい気持ちになるよ?」
確かに、外見はグリフィスの記憶をスケッチしたものを正確に再現した。彼女の気持ちを知り、心も込められたと思う。でも何かが足りない。
墓場で見た彼女の姿には、もう一つ何かがあった気がする。あの時の彼女と、グリフィスの記憶の彼女には、食い違っている部分があるんだろうか。
墓場ではそれどころじゃなかったから、スケッチをできなかった。今になって、それが悔やまれてきた。
「もう一度、墓場で彼女の思念を見たいな……」
「えっ?」
「トールはいいって言うかな? 外出許可、出ると思う?」
「それは大丈夫だろうが、今は墓場には入れねえぞ」
ずっと黙っていたレヴィが会話に入ってきた。
「えっ、なんで?」
「白い裂け目が出たんだよ。しばらく現場調査で立ち入り禁止らしい。年末で忙しいし、入れるのは来年じゃねえか?」
「そんなぁ……」
「……夜、忍び込めないかな?」
ロムがとんでもない事を言いだした。でも彼と一緒なら、それは可能かもしれない。
「夜の墓場に行くノ?」
「……怖い?」
「おい待てよ。目の前でそういう悪い相談されちゃ、大人としては止めるしかねえんだがな」
レヴィが苦笑しながら言った。本気で夜の墓場に行こうと思ったわけではないが、話すタイミングも悪かったと思った。
「焦らなくても、いつでもいいって言われてるんだろ? 納得いくまで、ゆっくり描きゃいいじゃねえか」
「うん……そう、だよネ……」
「それより、ロムはどうしたんだ? 何か用事だったんじゃねえのか?」
「あっ、そうだ! 忘れてた。ジョージさんが呼んでるんだよ。来週にある、魔法使いの集会の話をしたいんだって」
急いでいつもの部屋に行くと、ニーナ以外は全員揃っていた。昼間は休んでいるはずのリサとケヴィンも来ていた。
「揃ったわね」
アイラス達に続いて、いつ来たのかニーナも部屋に入ってきた。
「ほとんどが知らないだろうから、魔法使いの集会について言っておくわね」
ニーナは咳払いを一つして、説明を始めた。
集会と言っても、特に行事があるわけではない。ただ各地の魔法使い達が酒と食事を持ち寄って、年末に一年の労をねぎらうのが本来の目的だ。情報が欲しければ、各自が自力で集めるしかない。
一通り話し終えて、ニーナは最後に付け加えた。
「だから、人手が欲しいのよ」
「人海戦術というわけじゃな」
「ええ。目的は、より多くの者から話を聞いて、少しでも白い裂け目と悪魔の情報を手に入れることよ」
「魔法使いじゃない者も行けるノ?」
「一人の魔法使いに従者として一人だけ、魔法使いじゃない者や使い魔も参加できるわ」
「使い魔は魔法使いと見なされないんですか?」
ロムの疑問に、レヴィが吐き捨てるように答えた。
「元々、人の魔法使いが始めた集会なんだよ。使い魔は下等生物で、使役する存在でしかねえと考えてるんだろうな」
おそらく彼女も魔法使いとは見なされないのだろう。その考えはアイラスも納得できなかったが、今その是非を問うても仕方がない。
「とにかく、参加できる魔法使いは4人だから、従者を含めて最大8人という事になるわ」
魔法使いが4人というのは、自分とニーナ、ザラム。あと一人は、ホークを数に入れているのかもしれない。
「集会では別行動になるわ。アイラスとザラムを一人にさせるわけにはいかないから、護衛になる人に誰か来て欲しいの」
ロムが、アイラスとザラムを交互に見た。どちらにつくか迷っているようだった。
最近は話題にのぼっていないけれど、ザラムを見張るという件は、まだ生きているだろう。彼は、その役目を他の大人に任せたくないと漏らした事があった。
そんな彼の思いを知っていても、アイラスは自分の方について欲しいと願っていた。我ながら、わがままだなと思う。
ため息をついて、ロムに進言しようとした。ザラムについてあげてと。
「ザラムには俺がつこう」
レヴィが手を上げた。驚いて彼女を見ると、彼女はロムの方を見ていた。
「お前はアイラスについてやれ」
「えっ、あ、うん……」
アイラスとしては願ったり叶ったりだ。
レヴィがやっとアイラスを見て、口の端を少し上げた。
顔に願いが出ていたのかと思って、アイラスは自分の頬を両手でおおった。ロムも少し恥ずかしそうにこちらを見ていて、ますます恥ずかしくなった。
アドルが羨ましそうにザラムを見ていたが、アドルとレヴィではペアになれない。それが分かっているからか、何も言わなかった。
「護衛は決まりね。他に参加したい者は?」
「わしも、ニーナについて行ってよいか?」
「構わないわ。去年まで一人だったらから、参加した事ないでしょう? あと一人……ホークについて行きたい人は居るかしら?」
「えっ? 先生も行くんですか? じゃあ、僕、行きたいです!」
アドルがあわてて手を上げた。彼は集会に参加したいというより、ホークについて行きたいだけのような気がした。
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