少年は作戦を考えた

「何? どうしたの?」

「……アドル、何か悩んでる事、あるよね?」


 アドルの顔色をうかがいながら聞いてみたが、表情がほとんど変わらない。これは手強いかもしれない。


「そりゃあ、あるよ。レヴィさんの事とか、白い悪魔の事とか」

「そのレヴィと、さっきから全然話してないじゃん。工房に居た時までは、普通に話してたのに」


 彼の表情が固まった。いける! と思って、畳みかけるように聞いた。


「さっき、先生の名前出すとき、声がこわばってたよ。先生とまともに顔合わせたのは、今日が初めてのはずだよね? 知ってる人だったの? 誕生会では、先生はアドルと入れ替わりで帰っちゃったよね? あれは、もしかして……先生がアドルを避けてたの?」




 無表情のままで聞いていたアドルが、ふっと微笑んだ。少し困ったような笑顔だった。


「ロムには、かなわないなぁ……表には出してないつもりだったのに」

「俺じゃないよ。最初にアドルの様子がおかしいことに気づいたのは、ザラムなんだ」

「それでさっき、シンの言葉で話してたんだね……」

「やっぱり聞いてたんだ? 小声で話したつもりだったんだけど」

「僕、地獄耳だから」


 そう言っていたずらっぽく笑うので、ロムも少しおかしくなった。

 笑うと気が緩んで、考えていた事が口からするすると出てきた。


「ザラムが言ってたんだ。アドルは優しいから、誰かを心配させるような事は話してくれないって。だから俺に、相談に乗ってやれって。俺が、アドルにとって、一番の友達だから……って……」


 一気に言ってしまってから、自意識過剰だったかもしれないと思って、言葉が途切れた。




「ザラムは、そう思ってるのかぁ……」

「……本当に、そうなの?」

「そうだよ。ロムは、僕にとって初めての友達だもの……」


 それは、ケヴィンからも言われた事だった。光栄であり、恥ずかしくもあった。


「俺に何かできる事、ある?」

「……手伝ってくれるの?」

「もちろん」


 泣きそうな顔で、アドルが笑った。




「……ホーク先生の素性を、調べたい。あの人が保護区に入る前の事を」

「やっぱり先生の事、知ってるの?」

「知っている人……かもしれない」


 それ以上、アドルは言わなかった。

 言いにくい事なら、聞かないほうがいい。ロムはとにかく、ホークの経歴を調べるにはどうすればいいかを考えた。




 保護区に入ったら、それまでの戸籍は抹消される。でも保護区にある入居者情報には、入る前の情報も含まれている。

 それがどのくらいの期間、保管されているかまでは知らない。でも前に見た時は、出て行った人の情報もあった。まだ若いホークの情報なら、残っている可能性が高い。


「アドルの知りたい事は、保護区の入居者情報にあるかもしれない。それを盗み見てみよう」

「保管場所を知ってるの?」

「うん。前にも見た事があるから」

「なんで?」


 そこを聞かれると思わなくて言葉に詰まった。若気の至りを晒すようで恥ずかしかった。といっても、今だってまだ子供なのだけど。


「……えぇっと……自分の情報がどう記録されてるか、気になって……」

「ロムは『人狼』出身だものね。その事、書いてあった?」

「ううん。ただ、シンの孤児とだけ」




「明後日、アイラスの絵を届けに行くよね? その時に調べられるかな」

「うん。その役目を俺がもらって、調べてくるよ」

「一人で大丈夫?」


 言われて、前に忍び込んだ時の事を思い出した。あの時はホークに見つかってつまみ出されたっけ。


「……ダメかも。前はホーク先生に見つかった」

「一番見つかったらダメな人じゃない」

「先生って、保護区を出た後は冒険者をやってたんだよ。しかもBランク。その上魔法使いだし……只者じゃないんだから」


 ロムは頭を悩ませた。ホークの事を調べるためには、彼自身を何とかしなければならない。


「警戒しなきゃいけないのは、あの人だけ?」

「うん。他は大したことない。アドルも一緒に行って、先生を引き留めておいてもらって、その隙に……」

「ちょっと待って。僕達、魔法使いの誰かと一緒に居なきゃダメじゃなかったっけ?」


 そうだった。また行き詰まった。二人でうんうんと頭をひねる。




「アイラスにもついてきてもらおう。というか、俺達がアイラスに護衛としてついて行くっていう形にしよう」

「じゃあアイラスには、自分で絵を届けたいって主張してもらないとダメだよね」

「うん。だから、事情を説明してもいい?」

「いいよ。それと……ザラムにも、言っていいよ。彼だって、僕の事を心配してくれたし」

「それなら、四人で行こう。アドルはアイラスと一緒に先生を引き留めておいて。俺とザラムで調べてくるから」

「ザラムは資料が読めないでしょ? 僕と役割を逆にした方が……」

「資料室に入るのは俺だけ。ザラムには見張りをしてもらうんだ。もし見つかってもザラムは保護区の子で、しかも入りたてで目も見えないから、迷子になったって言い訳も通りそうだし」




 即席で考えた作戦だけど、なんだか上手く行きそうな気がしてきた。そう思うと、明後日が楽しみになってきた。


「俺、不謹慎なこと思っちゃった」

「何?」

「なんか楽しくなってきた」

「僕もだよ。どうして悪い事を計画する時って、楽しくなっちゃうのかな」


 二人で顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。

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