少年は違和感に気がついた

 保護区を出ると、日は西に傾いていた。

 急ぐ必要はないけれど、寄り道はせずにまっすぐニーナの館に向かって歩いた。


 ロムはザラムと並んで後ろを歩いていた。

 前方に、アイラスとレヴィが絵の相談をしながら歩いていて、アドルはレヴィの隣に無言でついていた。




「ロム、気づいたか?」


 突然、ザラムがシンの言葉で小さく話しかけてきた。


 彼はもう、必要が無ければシンの言葉を使ったりしない。今はその必要があるという事だろうか。前を歩く三人に聞かれたくない話なんだろうか。


 ザラムとシンの言葉で話すと、アドルが不機嫌になるんだよな。

 そう思って、前を歩く彼の後ろ姿を見てみたが、振り返ったりはしなかった。かと言って聞こえてないとは限らないのだけど。




「気づくって、何?」

「赤毛の様子が変だ」

「赤毛……?」


 赤毛はアドルだけだ。言葉が変わっても人の名前は変わらないから、聞かれても意味が分からない単語にしたんだろうか。


 そう思いながら、もう一度アドルの様子をうかがってみた。

 気配にいつもとの違いは感じられないが、ちょっと大人しいとは思った。少なくともアイラスやレヴィと会話をしていない。


 そういえば美術室で、アドルとザラムは一言も話さなかった。

 普段から口数が少ないザラムなら珍しくもないが、アドルが無口なのはおかしい。特に、レヴィがそばに居るのに彼女と話さないのは、異常と言ってもいい。




「確かに、ちょっと変だね……」

「……なんだかピリピリしてる」


 ロムには、ピリピリしているようには感じられなかった。ザラムは目が見えないから、その辺の感覚が鋭いのかもしれない。


「相談に乗ってやれ」

「俺が? 俺が気づいたわけじゃないのに? ザラムの方が……」

「オレじゃだめだ。あいつは優しい。オレと話しても気を使われて、ごまかされるだけだ」

「ザラムはそれを、優しさだと思うの?」

「思慮深く、周りをよく見てる。心配をかけまいと、嘘を付く。それが、あいつの優しさだ」


 アイラスと同じ事を言われて驚いた。ロムよりも正確に、アドルの事を理解している。


「ザラムも、わかってるんだ……」

「……どういう意味だ?」

「俺はずっと、その事をわかってなかったんだ。アイラスに教えられて、初めてわかった。二人とも、すごいなぁ……」


 少し自己嫌悪の感覚が湧いて、振り払うように頭を横に振った。


「でも、それなら、俺が聞いても嘘をつかれないかな……?」

「そうかもしれない。でもあいつにとって、お前は特別だから。別に悩みがわからなくてもいいんだ。お前があいつを心配したっていう事実だけでいい」

「そう、なの?」

「大丈夫だ。……万が一、悩みを聞き出せても、オレに話す必要はないからな」

「う……ん……」




 上の空で頷きながら考えた。


 これはチャンスじゃないだろうか。もし、このザラムの気付きから、アドルの悩みが解決したとしたら。それは彼らの溝を埋める切っ掛けになりはしないだろうか。


 それともアドルは、余計に自己嫌悪におちいったりするだろうか。もし自分が同じ立場だったとしたら、嬉しいと思うのだけど。


 でも自分とアドルは違う。正直彼は、自分なんかよりよっぽど多くの事を考えているし、複雑な思考をしている。

 どう話した時に、彼がどう反応するのか、ロムには全く想像がつかなかった。ただでさえ、自分はアドルへの理解が足りないのだから。


 こんなに情けないのに、彼からの信頼が一番厚いのが自分だなんて、申し訳ない気がした。




 そもそも彼は何に悩んでいるんだろう。白い悪魔の事だろうか。でもそれは、彼だけが抱え込む問題じゃないから違う気がするのだけど。

 でも、工房を見に行った時はいつものアドルだった。美術室では普通じゃなかった。その間での違いは、やっぱり悪魔出現の有無だけ。


 もしかして未来の王として、国を憂いているのだろうか。だとしたら、その悩みを解決することは難しいように思う。




「ロム、どうしたの?」


 アドルの声に、心臓が飛び出るくらい驚いた。


「何? そんなにびっくりした顔して」


 少し困ったように笑いながら言われた。逆に心配されたと思って、また自分が情けなくなった。


「な、何でもない。ちょっと、白い悪魔の事、考えてたんだ」

「ああ、そうだよね。僕もそれは心配。今回は、あの……ホークさん? ……のおかげで、助かったよね」


 あれ? と違和感を覚えた。ホークの名を出した時のアドルが、少しだけ変だった。そんな気がした。

 彼の悩みはホークに関係しているんだろうか。




 違和感は気のせいなんだろうか。

 ザラムはどう感じたかと思って見てみると、いぶかしげな顔をしていた。


 ――気のせいじゃない。


 アドルがザラムの表情を見て、顔をこわばらせた。すかさず、ザラムが両手を上げた。


「オレの事、気にするな」


 そう言って彼は、歩く速度を上げてアイラスの隣まで行ってしまった。




「……彼、どうしたんだろうね?」


 残されたアドルが取り繕うように言い、ロムはあいまいに頷きながら考えた。


 今、聞くべきか。ニーナの館に着くまで、もう少しかかる。話す時間は、長くはないけどある。館に戻ると、こうやって話せる機会は少ないかもしれない。


 自分なんかには、話してはくれないかもしれない。ザラムは、それでも構わないと言った。本当にそうなんだろうか。


 アドルは、行動に支障が出るほど何かに悩んでいる。それは間違いないと思う。それを何とかしたい。いや、そこまでは無理かもしれない。それでも、少しでも気持ちを和らげることができたら。


 ついこの間、自分で決意した事を思い出した。




 ――自分なりに考えて行動すれば、結果がどうであれアドルは喜んでくれる。




「あ……あの、アドル。あのさ……」


 ロムは、しどろもどろに話を切り出した。

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